SEASON2

STORY #6

#6 RACE

黄昏のけやき

  • 栗早家鷹
  • tocope

夏休みに入って1週間。地区大会が2週間後に迫っている7月の終わり、先週の雨が嘘のように蝉の大合唱が始まっていた。

ボートレース部は、こむぎ、ふたば、ナツも何とか追試に合格し、全員揃って活動を再開できたのだった。午前中の練習もそこそこに地区大会に向けて部室でミーティングを終えたところだった。

「では、ミーティングはここまでにしましょう。あとは各自下校時刻までご自由に。」

「お疲れ様でしたー。」

いこのの号令で今日のミーティングは終了。

外の蝉の大合唱は、アブラゼミからヒグラシに交代していた。

「あ~終わった?」

窓際で居眠りをしていた風守が気の抜けた反応を返した。

ジトっとした目つきで6人が風守を見返す。

しかし、風守は気にせず続けた。

「はい、じゃあ解散。お疲れさん。」

いこの以外の部員が、部室を去ろうとしたとき、いこのが声をかけた。

「けやきさんは、ちょっと残っていただけますか?」

無表情で、踵をかえすけやき。

他の4人は、その様子を訝しげに見つめつつ部室を出ていく。

最後に部室を出ようとした風守をいこのは、見逃さなかった。

「先生、どちらに行かれるんですか?先生も残ってください。」

真顔でいこのを見つめながらもそのまま出ていこうとする風守。

「先生!」

「え?俺も居残りなの?」

迷惑顔をしながら、しぶしぶ部室に戻る風守。

いこのが、長い事務机を挟んで対面にけやきを座らせ、風守は怠そうに事務机の端に椅子を持ってきて眼鏡を取り出し頬杖を突きながら腰かけた。

「けやきさん、実はお話ししたいことがあります。」

いこのは、先日風守に話した内容をけやきに話し始めた。

けやきが周囲と接点を持たないことについて心配していること、地区大会の優勝には部員がまとまることが必要だと考えていること。

けやきは、いこのの話を黙って聞いていた。

「私、けやきさんにはもっと学園生活を楽しんでもらいたいと思ってます。何か不安や心配事があるなら話していただけませんか?私だけじゃなくこむぎさん達とならできると思うんです。」

少し間を置き、小さく息を吐くとけやきは話し出した。

「いこのの気持ちはうれしい。でも、私の考えは違う。」

「…え?」

「私は今のままでいい。馴れ合いは嫌。」

今まで見たことがない意思のこもったけやきの言葉で部室が沈黙に支配された。

外のヒグラシの鳴き声がいつもより大きく聞こえる。

むしろ煩いくらいだ。

「だとさ。どうする部長。」

頬杖を突きながら、目線だけをいこのに向けながら風守が問いかけた。

いこのは、少し逡巡しつつもけやきと向かい合うことを諦めていないようだ。

「…けやきさんのお考えを聞かせていただけますか?」

「…表面上で仲良くしても本当の団結はできない…」

けやきの考えを聞いて、いこのの返答の捜索活動は難航しているようだ。

一拍置いて、風守に選手交代。

「もう少し詳しく話してもらえる?」

風守を横目で見つめながらけやきはゆっくり語りだした。

「目的がすり替わるから。部の目的は優勝なのに団結することが目的になると思う。」

「どういうことですか?」

いこのが、戸惑いつつ問いかけた。

「ここの部員はボートレースが好きな人達。みんなボートレースを楽しんでる。でも、楽しいことを続けられるかは優勝にかかってる。部活を楽しむことは否定しない。…けど、地区大会は楽しいだけじゃ通用しない。今のままだと馴れ合いが目的になって、それに満足すると思う。人は楽な選択をする。それで作り上げた友情やチームワークは本物とは言えない。すぐに壊れる。」

「つまり大國先生は、やりたいことをやるには、それぞれが責任を持てと?」

風守の発言にけやきは黙ってうなづいた。

「ククッ。お前、やっぱ凄い洞察力だな」

茶化す風守とは対照的にいこのは暗い面持ちになる。

風守の茶化しに動じず、けやきは続けた。

「…私は何か目立つことに囚われて本質を見ない人達をたくさん見てきた。私が人と距離を置くのは、それが理由。私は、部員全員が同じ価値観を持たなくていいと思う。みんなが違うやり方をしてもいいと思う。人が理解しあうことは凄く難しいから。でも、本当の目的を共有しなきゃ目的は達成できない。みんなは優勝するって言った。その言葉に責任を持ってほしい。」

部室に差し込む西日が作る3人の影は長くなり、3人の横顔をオレンジに染めて影は先ほどより濃くなっている。

影のせいでいこのの顔ははっきり見えないが、目の部分に光るものが見えた。

「けやきさん…話してくださってありがとうございます。けやきさんの言う通りかもしれません。私が甘かったですね。ごめんなさい。私はけやきさんの留学先でのお話も伺っています。けやきさんが経験したこと、辛かったことはけやきさんにしか分からない。でも、けやきさんが時々寂しそうな眼をしているのを放っておけないんです…。だから、私はけやきさんに寄り添っていきたいと思ってます。私のお願い聞いていただけますか?」

鼻声交じりにいこのがゆっくり話を終えるとけやきは驚きの表情を浮かべていた。

次の瞬間にはけやきの頬は赤く染まっているように見えた。

「い、いこのがそうしたいなら…。私を拾ってくれたいこのには感謝してる」

「ありがとうございます!これからは、今まで以上にけやきさんとお話したいです!だから、けやきさんも私に…私たちにもっとお話ししてください!」

涙を拭いながらいこのは歓声を上げ、事務机を挟んでけやきを抱きしめた。

「…いこのに心配をかけた原因が私にあることはわかってるから…。でも、すぐにいこのと同じようにみんなと接することができるかわからない…。」

抱きつかれたけやきは、苦しそうにしながら答えた。

「それでも構いません。ゆっくりでいいんですよ、けやきさん」

「やれやれ。じゃあ、とりあえず話は終わりでいい?俺、こういうの苦手なんだよ」

「はい!あ…でも、こむぎさん達に今日のお話を聞かれたら何て説明したらよいか…」

「その必要はないと思うぜ。」

席を外し扉に向かいながら風守が答えた。

扉を開けると下からナツ、こむぎ、ふたば、とあの顔が並んでいた。

そして、下から順番にしゃべり始めた。

「ゲッ…先生…」

「私達気になっちゃって…」

「にゃはは~…」

「すまない…。いこの…」

ぞろぞろ4人が部室に戻ってきた。

「けやきちゃん!部活の事、真剣に考えてくれてたんだね!これからはもっといっぱい話していっぱい一緒に練習しよ!」

「私達もけやきさんと一緒に頑張りたいです!」

いこのが抱きしめているけやきにこむぎとナツも抱き着いた。

「く、苦しい…熱い…」

対するけやきは窒息しそうである。

「私達も後輩のケアを怠っていたな…」

「にゃはは~けやき~、いつでも私に相談しろよ~」

「ふたば!また調子に乗って!」

とあとふたばは相変わらず。

さっきまで重い空気が支配していた部室にいつもの日常が戻ってきた。

正確にはけやきと他の部員とのかかわり方が変わったのでいつもの日常とは言えないのかもしれないが。

「あのさ、いい雰囲気のところ悪いんだけど、そろそろ下校時刻だから帰らない?」

はーい!

怠そうに荷物を担ぎながら風守が校門を出ようとするとけやきが立っていた。

「何してんの?」

「いこのを待ってる」

「仲が良くて何より。早く帰れよ」

そういって、けやきの前を通り過ぎたとき、けやきが風守に声をかけた。

「先生、いつまであんな態度でいるの?…この前の練習試合も無理して取り付けたでしょ。」

「……。」

けやきの問いかけに歩みを止めるが風守の返事はない。

けやきは更に続けた。

「みんなの技量が上がったタイミングで、練習試合をセッティングした…」

「なに?お前、エスパーなの?マニュアルなしでロボット操縦しちゃうの?やっぱ、お前ニュー…」

「なに言ってるかわかりません…。もういいんじゃないですか?」

若干引きながらけやきは、風守の言葉を遮った。

「…高校は義務教育じゃないの。俺は雛鳥に餌を運ぶ親鳥じゃないんだよ。構ってやるのは義務教育まで。『他人の力を頼りにしないこと』それが俺の教育方針なんでね。お前さんの考えに似てると思うけど」

「それにしても大人気ない気が…」

「俺は肩書ってやつが大嫌いでね。授業以外では人間として接する主義なんだ。まあ、何とでも言ってくれ」

「変な人…」

「最高の誉め言葉だね。それにしても今日はよくしゃべるな。普段もそれくらいあいつらとしゃべってやれよ。留学してた学校の生徒とは違うって感じてるんだろ?」

「お…大きなお世話」

予想していなかったセリフに意表を突かれるけやき。

「あいつらなら警戒しなくていいと思うぞ。純粋だし、いや単純といった方がいいかもな」

苦笑交じりに風守が答えた。

そこにいこのが駆け寄ってきた。

「お待たせしてすみません!けやきさん。」

「じゃ、俺は見たいテレビの再放送があるから帰る。お前らも早く帰れ」

「何を話されてたんですか?」

不思議そうな顔のいこの。

「やっぱ、変な人…」

けやきは、捨て台詞を吐いて去っていく風守の背中を困惑したいこのとしばらく見送っていた。

黄昏のけやき

STORY

小説家

栗早家鷹

代表作

???

ILLUSTRATION

イラストレーター

tocope

tocope

代表作

セーラー服のまんなか(ワニブックス/GAKAKU)
萌絵祭2020~うりぼう彩り巡り~(メロンブックス)