STORY #5

#5 RACE

存続への第一歩

  • 栗早家鷹
  • はみ

標本が鎮座する理科準備室で、風守は愚痴をこぼしながらテスト作成に勤しんでいた。

「やれやれ。また面倒事に巻き込まれたな。」

「失礼しますっ!」

複数の生徒の声と共に理科準備室のドアが勢いよく開く。

「なっなんだ!?お前ら!」

理科準備室に立っていたのは、ボートレース部の5人だった。

「先生!何で急に廃部なんですか!?」

「こむぎ落ち着け!」

こむぎを左手で制しつつ、宥めるとあ。

「だから、理事長の方針だって。今の理事長は実績主義で、目立った成果のない部活を活動停止にして、学園の進学率を上げる考えなんだ。ここ数年目立った成績も残せず、部員も減ってるボートレース部が廃部対象になるのは当然だ。」

「だからって、いきなり廃部なんて理不尽すぎるのです!」

「立花先生は、そんなこと一言も言ってなかったぞ!」

ふたばとナツが前に進み出る。

「それが社会ってやつだ。社会に出る前にわかって良かったな。」

その時、4人の後ろから凍てつくようないこのの声がした。

「先生は、立花先生のご指名でボートレース部の顧問になられたと仰っていましたが、立花先生の意向を無視されるんですか?」

風守は少々驚いた顔をしつつ、眼鏡をかけながら答える。

「立花先生は理事長の方針には反対だったからな。あの人は、ボートレース部を何としても潰させない気だったんだ。大國を転入させたのもそのためだろう。だが、今は状況が違う。」

「そう言う先生はどう思っているんですか?」

「俺か?俺はどっちでも構わない。ボートに興味ないからな。第一、一人で組織に立ち向かうなんて馬鹿らしい。公立でもないウチで上に逆らったらおまんま食い上げになっちまう。仮に優勝して部が存続しても俺は積極的に関わるつもりはねえよ。ボートの知識がない俺は名ばかり顧問だしな。」

風守の言葉を聞いて愕然とする5人。

「そんな…。私、せっかく凪沙島からボートのためにここまで来たのに…。」

「あんた、それでも教師かよ!」

「酷いのです…。」

「軽蔑します。」

「何とでも言え。だがな、俺から言わせればお前らは他人の力を頼りにしすぎなんだよ。顧問なんだから何とかしてくれと言ってみたり、設備を鈴ヶ森に整えてもらったり。なのに、この2か月練習を重ねても大國に満足についていけない。そんなんで全国に通用すると思ってんのか?全部他力本願じゃねえか。悔しかったら俺を納得させてみな。そしたら、顧問らしく振舞ってやるよ。」

風守の教師らしからぬ発言に言葉を失う4人。そんな中、こむぎが沈黙を破った。

「先生は…どうしたら納得してくれるんですか?」

「そうだな…。ボートレースってやつは、STが勝負を決める要素の一つなんだろ?6人のうち、2年は大國ほど安定しないがコンマ17は出せてたよな?なら、平和島と昭和島が3日後の放課後練習でコンマ17を出せるようになったら考えてやるよ。」

「…わかりました。やってみせます!先生!今の言葉忘れないでくださいね!」

「へいへい。お前らこそ自分だけが切り札になるってことを覚えとけ。」

ピットに戻った5人は一人練習を続けていたけやきと合流し、さっそくスタート練習を始めた。

「ナッちゃん、行くよ!」

「こむぎさん、先生にあんな大見得切ってぇ…。私は、コンマ2切るのが、精いっぱいなのです。」

すっかり臨戦態勢のこむぎと対照的なナツ。

「何言ってんの!ナッちゃん!ボートレース部がなくなってもいいの!?」

「う~…それは嫌なのです…。私もやるのです!」

そんな二人に2年生の3人が歩み寄る。

「雑談は、そこまでだ。こむぎ、ナツ。私達には時間がない。」

「そうだぞ!あんなおっさんに負けるじゃないぞ!あ~ムカつく!キモイ!」

「やりましょう!こむぎさん、ナツさん!先生を見返すんです!」

「はい!絶対にコンマ17出してみせます!」

「頑張るのです!」

瞬く間に時は過ぎ、約束の3日後がやってきた。

こむぎとナツが練習でコンマ17を出せたのかというと…。

「あー!もう今日だよぉぉ!どうしよぉ!」

「うぅぅ…。今日まで一回もコンマ19を切れなかったのです…。」

そう。この3日間、2人は壁を乗り越えられなかったのだ。

「よお。調子はどうだ~?」

不敵な笑みを浮かべながら、風守がピットにやってきた。対照的に5人の表情は暗い。

「じゃ、早速始めるか。ルールは簡単、3本勝負。1回でもコンマ17を出せたらお前らの勝ちだ。」

「けやきさんを戻します。」

「いや、そのままでいいさ。一緒に走らせとけ。」

風守の意図がわからずいこのは首を傾げた。

「……。準備はいいか?こむぎ、ナツ。」

風守を一瞥し、乗艇して待機中の2人に声をかけるとあ。

「…いいよ。とあちゃん。」

「うぅぅ…。OKなのです…。」

不安げな表情のまま2人はピットアウト。

1年生はアウトコースからスタートを切るのが慣例となっているため、こむぎとナツは、それぞれ5・6コースに陣取る。4コースでスタート練習をするけやきに合わせて勝負が始まった。

「お~、頑張ってるな~。」

3回勝負のうち2回が終わった。2回ともコンマ2を切れない二人。

「あわわ…やばいのです…。あと一回…。」

「……。まだ一回あるよ。ナッちゃん。」

ナツを鼓舞するこむぎだが、その声は弱弱しい。

「でも、どうしたら…。」

眼鏡をかけながら、風守が問う。

「お前らさ、今まで何をしてきたわけ?」

「空中線45m、2秒前を目標に…。」

「なんだそりゃ?まあ、いいや。お前らは基本的なことを忘れてんだよ。俺だったら上手い奴の真似するね。よく知らんけど大國のスタートは乱れねえなぁ。」

「けやきちゃん?……そっか!ナッちゃん、次のST私に合わせて!」

「え!?こむぎさん?」

ほんの少し前まで弱気だったはずのこむぎの声に驚くナツ。

こむぎの目には輝きが戻っていた。

これまで通り、4・5・6コースに陣取る3人。

(ついていけるか分からないけど、やってみよう。先生に負けるもんか。)

けやきは、普段通り助走をつける。それに若干、遅れつつも付いていくこむぎとナツ。

けやきのペースに合わせるべく、レバーを握る手に力を籠めるこむぎ。それに続くナツ。

やや遅れはしたが、2艇はけやきについていく。3艇がほぼ横並びでスタートラインから100m地点を残り6秒で通過した。

「いいぞ!二人とも!」

いいペースで、定時定点を通過した3艇を見ながら、思わず叫ぶとあ。

そのまま、3艇はスタートラインを越えていった。

「とあちゃん!どうだった!?」

ピットに戻ったこむぎが真剣な顔でとあに尋ねる。

「二人ともST0.17だ。よくやったな!」

「やったのです!こむぎさんのお陰なのです!」

「ちがうよ。ナッちゃん。けやきちゃんのお陰だよ。けやきちゃんのペースに合わせたからだよ。先生も言ってたじゃん。うまい人の真似をするって。」

「何言ってんだ!二人の努力の成果だぞ~!」

少し離れた場所で、眼鏡を外しながら風守が不満そうな顔でつぶやいた。

「あ~あ、俺の負けか。」

「先生、人が悪いですね。」

いこのが笑みを浮かべながら声をかけた。

「ああ、そうだな。性格とか底意地とか目つきとか色々悪いんだよ、俺は。」

少し誇らしげに風守はいう。

「先生、わざと嗾けたんじゃありませんか?」

「女ってこえぇ…。3日前もすげー冷たい声出してたよな?お前」

「あら?そうでしたかしら?うふふ」

若干、ひきつった顔をしつつ、いこのを見る風守。

「心臓凍るかと思ったわ。何にせよ勝負は俺の負けだ。顧問として俺なりに関わるさ。」

「は~い。よろしくお願いしますね。風守先生。」

「…へいへい…。じゃ、あとよろしくな、部長。」

「って、早速帰るんですね…。」

「今度のテスト作りとか、色々あんだよ。」

一人ピットを去っていく風守にも気づかずこむぎ達は最初の壁を乗り越えた喜びを分かち合った。

存続への第一歩

STORY

小説家

栗早家鷹

代表作

???

ILLUSTRATION

イラストレーター

はみ

はみ

代表作

LINE漫画『灰色の季節、箱庭で』
『響け!ユーフォニアム』シリーズ(宝島社)