SEASON1

STORY #3

#3 RACE

すごい転校生

  • 箕崎准/逢空万太
  • はみ

海月女子学園のある日の放課後。
こむぎ、とあ、ふたば、ナツの四人は、ボートレース部の活動として学校近くの海岸にいつものように集まり、水面で練習をしていた。
今は、ふたばとナツがボートに乗ってレース中。
こむぎととあは沿岸の堤防の上で、その様子を見守っていた。
ふたばの勝利で決着がついたあとのこと、

「ふたば先輩、ずっこいのです! 今のスタートは、絶対フライングだったのです!」

ボートから降りるなり、プリプリとした態度でナツはふたばに突っかかった。
つまるところ自分がふたばに敗北を喫したのは、スタートでふたばがフライングをしたからだと言いたいようだ。

「おー? こむぎ、どうなん?」

ボートから降りたふたばはヘルメットを取りながら、ピットに近付いて来たこむぎに訊ねる。

「スタート、正常ですよ」

手に持っていたタブレットパソコンに視線を落として、こむぎが答えた。
そこには練習用のコースに設置されたスリットカメラによって映されたスタートの瞬間の写真と、そのスタートタイミングの数値が表示されている。

「というより、ST(スタートタイミング)0.17って……。すごい! プロみたいなタイミングじゃないですか!」

興奮した様子で、こむぎは声をあげた。
その言葉通り、ST0.17といえば、プロのボートレーサーとしても平均以上の数値だ。

「たまにふたばは、こういうことをやらかすからな」

思わずとあは、苦笑する。
普通、学生が出せる数値じゃない。

「たまにじゃないぞー。実力だぞ、実力。ふふーん、みたかナツきち! これが証拠だ!」

ふたばはこむぎの手からタブレットを奪って、ナツに見せつける。

「ぐぬぬ、そんなスリット写真には騙されないのです! わたしのカンピュータ測定では、確かにふたば先輩、フライングしてたのです!」

ナツが異論を唱えたところで、その場に声が響いた。

「みんな盛りあがっているようね」

その声に反応するように四人は視線を向ける。
そこには、一人の落ち着いた雰囲気の女性が立っていた。

「ごきげんよう、みなさん」

「あ、いこの先輩! おつかれさまです!」

そんなこむぎに続いて、他の三人も「おつかれさまです!」と声を揃える。
鈴ヶ森いこの。
海月女子学園二年生。
ボートレース部の部長でもあり、日本有数のコングロマリット企業、鈴ヶ森グループ総帥の一人娘である。

「レースをしていたみたいですけど、新調した機材の調子はどうでしたか?」

「にゃはは、どれもこれもバッチリだぞぉ!」

親指を立てて答えるふたば。
レースに勝っただけあって、調子がいい。
対して、ナツは不満気に唇を尖らせる。

「……わたしはまだ、そのスリットカメラの精度を信用していないのです」

「スリットカメラ? 何か悪いところがあったのですか?」

いこのは小首を傾げ、頭の上にはてなマークを浮かべている。
慌てて、とあが声をあげた。

「ナツ、せっかくいこのが入れてくれた新機材なんだ。ヘンなイチャモンをつけるのはやめるんだ。今後、機材が入らなくなったら困るだろうが」

なにせこのボートレース部は、そのままいこのがご両親に援助を掛け合ってくれているからこそ、存続しているようなものなのである。
援助が止まったら、それこそ廃部にだってなりかねない。

「にゃはは、確かにその通りだな! ほらナツきち、いこのにありがとうございますって感謝するんだぞー!」

「うわっ、ふたば先輩っ、なにをするんです! んにゃっ!」

右手で押さえ付けるようにして、ナツの頭を無理矢理さげさせるふたば。
それを見て、いこのはあらあらという表情を見せた。

「ふたばさん、そんなことをする必要はないですよ。ナツさんも、頭をあげてください。わたしにとっては、みなさんと一緒にボートレースを楽しめるだけで、幸せなんですから。鈴ヶ森グループとしても、社会貢献としてボートレースの振興をしているだけのことですし」

「でもでも、本当に感謝です! おかげで、こうしてみんなでボートレースを楽しめてるし! わたしは幸せいっぱいです! いこの先輩大好き!」

「うふふ、ありがとうございます、こむぎさん。そう言ってもらえると嬉しいですよ」

ぎゅっとこむぎに抱きつかれてご満悦ないこのは、なでなでとその頭を優しく撫でる。

「ところで、今日はみなさんにご紹介したい方がいるんです。ちょっと、特別な子なんですけど、と……」

いこのの視線が、ある一点に釘付けになった。

「ちょうど来たみたいですね。けやきさーん!」

ぶんぶんと手を振るいこの。
その先には、一人の少女がいた。
手を振るいこのの姿を見ても眉一つ動かすことなく、けやきと呼ばれた少女は、ゆっくりと五人の元へと近付いていく。

「けやきさん、みなさんにご挨拶を」

「……大國けやき」

いこのに促されたけやきが、ぺこりと小さく礼をして名乗った。
無表情で行われた自己紹介。
次の言葉を待ち続けていても、何も発せられることはない。

「けやきさんは海外留学をされていたんですが、諸事情により、明日から海月女子学園に通う事になったんです。こむぎさんやナツさんと、同学年なんですよ」

補足するように、いこのが続ける。

「あ、そうなんだ!」

驚いたように声をあげたのはこむぎだ。

「私たちに紹介するということは、彼女もうちの部に?」

「ええ、そうなんです」

とあの質問に、いこのが答える。

「けやきさんは、我が鈴ヶ森家がボートレース振興の一環として援助をしてきた方でもあるんです。留学先では、神童とまで称されてた実力をお持ちなんですよ」

「神童、すっごい!」

こむぎはキラキラと目を輝かせ、けやきに近付いていって、

「ねえねえけやきちゃん、わたしとレースしない?」

「レース?」

「そう、レース! よかったら、今すぐしようよ! けやきちゃんがどれだけすごいか、一番近くで感じてみたいんだ!」

「おぉ! それ、見てみたいぞ!」

「海外のレベルがどれほどなのか、わたしも研究したいのです!」

ふたばもナツも興味津々だ。

「やろうよ、けやきちゃん!」

「でも……」

困ったように、けやきはいこのに視線で助けを求める。
すると、いこのはにっこりと微笑んで、

「いいんじゃないかしら? けやきさんのボートレース用の服やカポックは、ちょうど今、ガレージに運び込んだところなんです。だから、やろうと思えばすぐにでも出来ますよ。ということで、どうかしら、けやきさん?」

「……いこのが、そういうのなら」

ちなみにカポックというのは救命胴衣のことだ。

「やった! それじゃ、さっそく着替えに行こう! わたしがガレージに案内するよ!」

こむぎはけやきの手を引っぱるようにして、部室兼倉庫——そして、更衣室も兼ねている近くのガレージに向かって走り出した。

けやきが着替えを終えたあとのこと。
こむぎとけやきのレースが始まろうとしていた。
二人が揃ってピットを離れていき、レースが開始される。

「さすが、神童というだけはあるな……」

先んじて第一コーナーを綺麗にターンマークに沿って回ったけやきの操舵を見て、自然ととあは、そんな言葉を漏らしていた。
続けてふたばが、唖然とした表情で声をあげる。

「ナツきち、スタートタイミングはいくつだった?」

「……ST0.15……なのです……。さっきのふたば先輩よりも、早いのです……」

手元のタブレットに視線を落としながら、震える声でナツは呟いた。

「それは、言わなくてもわかってる。ほんと、すごいな……」

興奮した様子で、ふたばは拳を握り締める。
スタートだけじゃなく、けやきの操舵技術は、ターン、位置取り、部員各々が得意な技術を遙かに凌駕していた。
進路は塞がれてないとはいえ、必死にこむぎが食らいつこうとしても、追い付くことは出来そうにもない。
けやきのボートが描く美しい軌跡を見つめながら、いこのが言った。

「初めての水面とは思えないですよね。でも、それも当然なんです。けやきさんは、すぐにそのコースの潮の流れや、川の流れ、その日の気象条件などをすぐに身体で感じて、その操舵に活かすことが出来るとも言われているんです」

「なんですかそれは!? そんなの、まるでオカルトなのです!」

信じられないというように声をあげたのはナツだ。
「それ以上に、オカルトみたいな話もあるんですよ。けやきさんの目は、波の動きを捉えて、予測まで出来るっていうもので……ほら、波が来ました」

二周目の第一コーナーだ。
いこのの言う通り、大きな波がやってくる。
それを予測していたかのように、けやきは波に乗るようにして加速。
更にこむぎとの距離を四艇身、五艇身と広げていった。
傍目にも圧倒的な、どう頑張ってもひっくり返せない差がついて、そのままゴールイン。
けやきの圧勝で、二人のレースは幕を閉じた。
ピットに戻り、先に陸上にあがったのはけやきだ。
勝利に喜ぶ様子もない。
ヘルメットを外して見えた顔も、ただ当然のことをしたかのように無表情だった。
続いてあがってきたこむぎといえば、レースの前とは違って、今は暗い面持ちになっている。
そんなこむぎを元気付けようと、とあが声を掛けた。

「こむぎ、あまり落ち込むなよ。相手は留学してた神童なんだからな。負けて当然というか——」

「ううん、そういうんじゃないよ」

とあに対して答えたこむぎは、そのままけやきに寂しそうな視線を向けて、

「ねえ、けやきちゃん……ボートレース、楽しい?」

「おい、こむぎ……」

いきなりの質問に驚いたのは、とあの方だった。

「ボートレースって、楽しいものなの?」

「わたしは、いつだって楽しいよ」

けやきの返してきた疑問に、こむぎは答えた。

「乗れば乗るほど、ボートで水の上を走るのが大好きになるもん。負けたら悔しいけど、それだけじゃない。とあちゃんだって、ふたば先輩だって、ナツちゃんだって、いこの先輩だって、みんなそうだと思う」

「こむぎ、お前……」

何を言っているんだ、と続けようとしたとあを制止したのはいこのだ。
首を左右に振って、こむぎに続けさせろと表明した。
そんなことはもちろん知ることはない。

「一緒に水面に出て、レースをしたらわかるもの。ドキドキ、ワクワクするから。でも、けやきちゃんとのレースはそうじゃなかった」

こむぎは言葉を続けていく。

「ドキドキ、ワクワクしなかった。けやきちゃん、一人でレースをしてるみたいで、なんだか、寂しそうで……」

「だから、何?」

「わたしは、けやきちゃんと一緒にレースを楽しみたい! ドキドキワクワクするレースを、一緒にしたいの! その方が、きっと——」

「……よく、意味がわからないです」

そう言って、けやきが話を打ち切ろうとしたところでのことだ。
パラパラと、空から舞い降りてくるものがあった。

「雨だ……」

空を見上げて、ふたばが呟く。
本来、ボートレース競技は雨でも行うもの。
とはいえ、何かしらの試合でもなければ、無理に練習をやる時期でもないし、風邪をひいてしまっては元も子もないだろう。

「今日はここまでにしましょう」

いこのの提案に、反論する者はいなかった。

「わたしたちはボートの片付けをするので、先にけやきさんは、ガレージに戻っていてください。一人では困ることもあるでしょうし、ふたばさんが、案内してあげてくれるかしら?」

「わかった! わたしに任せろ!」

そう言うふたばと共に、ガレージに戻っていくけやき。
その姿が小さくなったところで、いこのが切り出した。

「こむぎさん」

「はい?」

「こむぎさんは、間違っていませんよ」

「それはどういうことなんだ? さっきだって、いこのは……」

横から入って、とあが訊ねる。

「ええと、けやきさんなんですが……」

いこのが始めたのは、けやきのこれまでの話だ。
小型の子ども用ジェットスキーの大会で優勝。
その頃から波や風などを捉える力が優れていた上に、気を良くした両親のスパルタ教育の甲斐もあって、神童と呼ばれるようになった。
それで鈴ヶ森グループの目に留まり特待生として留学。
ボートレースに力を入れている、有名校に入学することになった。

「そこでもけやきさんの腕はトップクラスだったと聞いています。でも、そのせいで、他の生徒たちに嫉妬されることになったんです」

余所者でありながら、特別な能力(ちから)を持っている。
その上、両親からボートレースで勝つことだけを宿命付けられていたけやきは、それ以外のことを子供の頃からさせられていなかった。
そのせいで感情も薄く、他人との交流もしない少女に育ってしまっていた。

「結果、いろいろトラブルもあって留学先にいられなくなってしまって……」

こうして、日本戻って来たというわけのようだ。

「それで、うちで受け入れることにしたんです。部員もギリギリだったし、六人居れば、ちゃんとした模擬レースも出来ますし。それに——」

にこりと、いこのはこむぎに微笑みかける。

「わたしも、こむぎさんと同じ気持ちだから」

「……わたしと?」

「けやきさんに、ボートレースを楽しんで欲しい。その気持ちを取り戻して欲しいと思ってるんです」

その言葉を聞いて、ぱっと、こむぎの表情が明るくなった。

「そうした方が、きっとけやきさんは、もっと強くなる——それに、いつもにっこり、笑顔でいたほうが、女の子は可愛いですものね。けやきさん、素材はとてもいいですし。それに、その方が鈴ヶ森グループとしても嬉しいというか、商品価値もあがって……と、それはともかくとしてー……」

「おい、いこの。スポンサーとしての本音がダダ漏れだぞ」

うふふ、と微笑んで、とあのツッコミを誤魔化すいこの。

「それはともかくとして、きっとこむぎさんたちなら、出来ると思うんです。けやきさんがボートレースを始めた頃のような、楽しい気持ちを、思い出させて、笑顔にさせることが……」

ならばと、こむぎがやるべきことは一つだ。

「わかりました! 絶対にわたしが、けやきちゃんに、思い出させてみせます。モーターボートの楽しさを!」

そうしたらいこのの言う通り、きっと、もっと、けやきちゃんはすごい選手になるはず。
人気だって、実力だって。
そんなけやきと、ワクワクドキドキする勝負をしたい。
こむぎは、心の底からそう思っていた。

「あれ、けやきちゃんは?」

こむぎたちがガレージに戻り、着替えを終えた後のこと。
更衣室から出ると、すでにけやきはガレージの中にいなかった。

「傘持ってないから、小雨になった今のうちに帰るって、さっき出て行ったところだぞー……って、こむぎ、どこいくんだ!?」

「追いかける!」

素早く鞄を手に取ったこむぎ。
ガレージの出入り口の近くに置かれたポリバケツに立てかけられている、たくさんの置き傘の中から、傘を二本手に取って、ガレージを飛び出した。
その理由はといえば、けやきを歓迎会に誘って、仲良くなるところから始めようと考えていたからだ。
小雨だった雨が、また、強くなり始めた。
それでも足を止めることなく、こむぎは走り続ける。

「あ……!」

しばらくして目に入ったのは、学校のそばにあるコンビニの軒下で、雨宿りをしているけやきの姿だ。

「よかった、間に合った!」

叫ぶように呼び掛け、けやきに近付いたこむぎは、ハァハァと息を整えた。
そして、傘の一本をけやきに差し出して、

「けやきちゃん、これから一緒に、駅前のドーナツ屋さんにいかない?」

「ドーナツ……? どうして……?」

「けやきちゃんの歓迎会。わたしだけじゃなくて、みんなも一緒。まだ、許可とってないけど」

そう言ったところで、他の部員たちも追ってきた。
こむぎは、皆に問いかける。

「みんなも、けやきちゃんの歓迎会したいよね! 駅前のドーナツ屋にいかないかって、お話をしていたところなんだ」

「おお、いいんじゃないか?」

「わたしも賛成です!」

ふたばに続けて、ナツが言った。

「わたしも、もちろん賛成だ」

いこのに視線を向けて、とあは続ける。

「いこのもだよな?」

「けやきさんがよろしければ、だけれど」

「わたしは……」

目を伏せるけやき。
そこに声をかけたのはいこのだった。

「ちなみにドーナツ屋さんには、スイートポテトのフィーリングのついたものもあるんですよ。確かけやきさん、スイートポテト、好きでしたよね?」

「それは……」

その通り、スイートポテトはけやきの大好物だ。

「それならぴったり! 行こう、けやきちゃん!」

そう言ってこむぎは、再びけやきに傘を差し出した。

スポンサーでお世話になっていたいこのや、こむぎの勢いに押し切られたけやきは、ボートレース部の五人と共に傘を並べて、駅前の商店街に向かっていた。
揃って、目的の場所であるドーナツ屋に向かって歩いている最中のこと。
いきなりこむぎが「あっ!」と声を上げて足を止めた。
その視線は、ゲームセンターの店頭に貼られたポスターに向けられている。

「カレントグランプリの新作だ!」

「おー、今日から稼働なんだなー!」

こむぎに続いて、ふたばもそのポスターに視線を向けた。
カレントグランプリは、ボートレースのライディング型シミュレーション。
こむぎやふたば、ナツお気に入りの、アトラクション型のレースゲームである。
そこでふと、こむぎは一つのアイディアを思いつく。

「ねえねえ、けやきちゃん。よかったらさっきの再戦、ゲームでやらない?」

「……ゲーム?」

眉を顰め、よくわからないという表情をけやきは見せる。

「見てみればすぐにわかるよ、いこ!」

戸惑うけやきの手を掴んで走り出すこむぎ。
他のメンバーもその後を追って、ゲームセンターの中に入っていった。

「どうして、わたしがこんなこと……」

「いいから、いいから」

けやきを無理矢理ボートの筐体に乗せて、こむぎは2クレジット分、コインを投入していく。
「このゲームには、鈴ヶ森グループも協力しているんです。一流のレーサーであるけやきさんに、試しにやっていただけると、助かるのですけど……」

「う……」

いこのに言われると断ることが出来ないけやきだった。
続けて、いこのが訊ねる。

「乗り心地は、どうですか?」

「なんだか、ヘンな気分……」

「普通の服でボートに乗ることは、まずないもんね。あ、そうだ。運転方法は本物のボートと一緒だから、その点は安心して。ってことで、いざ勝負!」

自分もボートの筐体に乗って、ゲームをスタートするこむぎ。
レーススタートだ。
モニターに表示されている映像も、ボートに備え付けられているスピーカーから流れる音楽や効果音も、かなりの迫力、臨場感。
しかし実際のボートレースとは違って、ゲームでは風や波を、身体や耳で感じられることはない。
モニターで見るのも、全然感覚が違う。
こむぎはこれまでそれを何度も経験しているが、けやきにとってゲームの世界のボートレースは、いくらリアルといっても、何もかもが初めての経験で——

「やった! ゲームではわたしの勝ちだね、けやきちゃん!」

一時間ほど前のレースほどではないが、結果といえば、かなりの着差をつけてのこむぎの勝利だ。

「こんなの、ボートレースじゃない……」

そう呟きながらも、負けたことが悔しくてたまらないという表情をけやきは浮かべていた。
ならばと、こむぎは訊ねる。

「どうする、けやきちゃん? もう一勝負、やってみる?」

「…………」

五秒ほど迷ったあとのこと。

「……やる」

ゲームとはいえ、ボートレース。
負けるのは、プライドが許さないのかもしれない。

「もう、理解したから」

それが、けやきの理由だった。

「それなら、もう一勝負!」

その言葉を待っていたというように、ぱっと表情を明るくしたこむぎは、再びコインを投入。
プレイが開始される。
結果といえば——。

「勝った……!」

声をあげたのは、けやきだった。
理解したと言った通り、さきほど見たリアルのけやきの走りにそっくりだった。
今は、満足げな表情を浮かべている。
それを見て、こむぎが言った。

「あ、今けやきちゃん笑った!」

「!」

自分でも、それに気付いていなかったのだろう。
こむぎに指摘されたけやきは、驚いた表情を見せる。

「ええと、その……」

「おめでとうございます、けやきさん」

ボートに乗っているけやきに向けて、いこのは手を伸ばす。

「いいレースでしたよ」

「……いこの……」

けやきはいこのの手を掴んで、ボートの筐体から降りた。

「あの、わたし——」

「いいのよ」

照れた様子のけやきに、いこのは言った。

「ゲーム、楽しかった?」

「……それは……」

「わたしは、楽しかった!」

筐体から降りたこむぎは、ぎゅっとけやきに抱きついた。

「だってけやきちゃん、全力で楽しんでたもの! だから、わたしも楽しかった!」

「こむぎ、さん……」

「だから今度は、本当のボートで楽しもう! ドキドキワクワクするレースをしようよ! 

わたし、本当のボートでも、けやきちゃんに勝てるように、がんばるから!」

「そうです! わたしもがんばって、そういうレースを、けやきさんとしたいです!」

「わたしもだぞー!」

「私もだ」

ナツに続いて、ふたばととあが言った。

「もちろん、わたしもよ」

続けたのはいこのだ。

「わたしたちは、ライバルであり仲間。みんなで楽しくボートレースをして、それぞれの力を、高め合いましょう」

「なかま……」

「うん、なかま! だからこれからよろしくね、けやきちゃん。あと、連絡先、交換してくれるかな?」

「あ、わたしもです!」

「わたしもしたいぞー!」

親といこの以外、誰も連絡先にいないけやきのスマートフォン。
そこにこむぎやナツ、ふたばたちの連絡先が登録されていく。
もちろんボートレース部の連絡用のSNSグループにも登録された。
こうしてこむぎ、とあ、ふたば、いこの、ナツの五人にけやきが加わり、海月女子学園ボートレース部の部員は六人——。
モーターボートの試合は六人でやるもの。
それだけに試合と同じような練習をして、腕を磨くことが出来るようになったのだった。

すごい転校生

STORY

小説家

箕崎准/逢空万太

代表作

箕崎准 『ハンドレッド』GA文庫、『ポップアップストーリー』スクエア・エニックス 他
逢空万太 『這いよれ!ニャル子さん』GA文庫、『ヴァルキリーワークス』GA文庫 他

ILLUSTRATION

イラストレーター

はみ

はみ

代表作

LINE漫画『灰色の季節、箱庭で』
『響け!ユーフォニアム』シリーズ(宝島社)