SEASON3

STORY #13

#13 RACE

MOTOR QUEEN

  • 栗早家鷹
  • スズナスズシロ

準優勝戦が終わり、先ほどまでボートの轟音が響き渡り、波立っていた水面は静まり返っていた。

対照的に観戦スペースやピットは喧騒に包まれていた。

優勝戦に進出したのは東川高校、そして海月女子学園。優勝に近いと思われていた鮫島高校は、惨敗という結果に終わり鮫島高校の生徒達は意気消沈といった様子で荷物をまとめ始めていた。

その様子を観戦スペースのベンチに座って眺めているのは風守だ。

「現実とは非情なもんだな…」

風守の視線の先には、敗れ去った鮫島高校の生徒達が涙を拭いながら片付けをしている。しばらくその様子を眺めていると生徒達に何やら声を掛けていた三影と目があった。

「げっ!やな奴と目が合っちまった…」

元々、感情が表情に出やすい風守ではあるが、この時ばかりは自分でも気づくほど、嫌な表情をしているとすぐに自覚できた。

風守の視線に気づいた三影が近寄ってくる。

「やれやれ…」

近づいてくる三影を見やりながら風守はため息をついた。

「海月女子学園、優勝戦に進めてよかったですね」

「お陰様でな」

「残念ながら我々はここで敗退です。まったく、うちのレベルも下がったもんだ」

「お宅の生徒は頑張ったんじゃないの?知らんけど」

「優勝戦に出れなきゃ意味はありませんよ。まさか、海月女子学園に負けるとは…。一時的に僕の指導があったとは言え、海月女子に負けるとは思いませんでしたよ」

「事実は小説よりも奇なりっていうしな」

「ウチの名声も地に落ちたも同然です。もう彼らはお終いですね。次の候補者の選定し来年に向けて底上げを図らないと」

「三影先生は相変わらず厳しいですなぁ」

「当然ですよ。うちは高校ボートレース界でそれなりに名が通っている学校なんですから。ウチの生徒にもそういった自覚を持ってもらわないと」

「つまらない学園生活…」

「は?」

「大人の見栄とか体面とか背負わされる生徒にとっては、つまらないだろうなと思っただけ。独り言だ。気にすんな」

「大きな独り言ですね。…ま、とりあえず我々はお先に失礼させてもらいますよ。あなた個人もそのうち同じ運命を辿ることになりますけどね」

「そうだな。先に行っててくれや。二度と会うこともないと思うけど」

「ですね。それではこれで」

そういうと三影は生徒達を引き連れ、ピットを後にする。

「やれやれ…目が合ったからって話しかけんじゃねーよ。胸糞悪い」

鮫島高校が去り落ち着きを取り戻したピットに向けて風守は重い腰を上げて歩き出した。

**************

海月女子学園控室。

準優勝戦を突破したのにも関わらず、6人の表情は明るくはなかった。全員がまだ信じられないといった様子で、会話もままならない。

辿々しい会話をしていると、控室のドアが開いた。

「お前ら、すごいのね」

ドアを開けて入ってきたのは風守で、いつものように気の抜けた口調で声をかける。

「あ、先生」

ちょうどドアに向かって座っていたこむぎが呆けた顔で返事を返す。

「ついに全国大会の優勝戦に出るんだな…」

「にゃはは…とあ〜緊張しすぎだって〜」

「そういうふたば先輩も声が震えてる」

「海月女子学園で今まで誰も踏み込んだことのない場所ですからね…」

「なんか、お腹が痛くなってきた気がするのです…」

優勝戦への出場が決まった瞬間、全員で歓声を上げたのも束の間、控室に戻ると全員がプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。

これまで海月女子学園は全国大会の優勝戦に出たことはない。良くて準優勝戦止まりだった。それも10年近く前の話だ。

それ以降、海月女子学園は全国大会どころか地区大会を突破することもままならなかった。6人がプレッシャーを感じるのも無理はない。

「せっかく優勝戦に出れるのに暗いねえ。まるで、普段の俺みたい」

「しょうがないじゃないですか…。こんなところまで来れると思ってなかったんですから…」

こむぎが力なく口を開く。

「やれやれ…。地区大会の時に俺に噛み付いてきた時とえらい違いだな」

「だって…」

風守は大きなため息をついて、話題を優勝戦の振り分けに持っていった。

全国大会の優勝戦は2レースで構成される。各校6人を選抜し1レースにつき各校が3人ずつ投入、1レースにつき3対3で6名の編成を作る。この組み合わせを2回行うのだ。つまり、今大会の場合、1レースにつき海月女子学園3人、東川高校3人の構成で2レース分の番組を作る。枠番はこれまでのレース成績を元に決められ、最も多く得点を稼いだ高校が優勝となる。

「とりあえず、俺の方で振り分けは勝手に決めたから…っていうか、これ顧問がやることになってるらしいから決めといた」

6人の視線が風守に集中する。

「じゃあ、発表しまーす」

真剣な面持ちで風守の発表を待つ6人。

「優勝戦第1レースの出場者は…」

控室が沈黙に包まれる。

「2年の3人ね。で、第2レースは1年達でなんとかしてくれ」

「はぁぁぁ!?なにそれぇぇえ!!」

「安直すぎる!!」

「先生!ちゃんと考えたんですか!?」

「ねぇー!これまでのレースの成績とかちゃんと見てるー!?」

「……途中で考えるのめんどくさくなったんじゃ」

「先生ならあり得るのです」

風守の発表を聞いて、騒ぎ出す6人。

「うるさいなぁ。ちゃんと見てますよ。これでも広報用の写真とか撮ってお前らの成績も嫌でも把握してるし、俺なりに色々考えた結果がこれなの」

「え〜…?」

「お前ら何だかんだで、そんなにタイムや成績に差がないのに気がついてないの?それぞれバランス良く育ってるってことだよ。RPGでいったら全員満遍なく育った最強パーティですよ。だから、いつもの練習の時の環境にできるだけ近い状態でやった方がリラックスして優勝戦に臨めるだろ?まあ、気休めかもしれないし俺が走るわけじゃないから知らんけど」

「本当?」

「数字は嘘をつかないでしょうが。最後まで俺って信用ないのね。まあいいけど」

「それは普段の行いが悪いからじゃありませんか?」

「そうそう。いっつもやる気ないもんな〜」

「練習の時も挨拶より先に『帰りたい』っていってるのです」

「でも、今回だけは先生を信じてみようと思います」

口々に風守に悪態をつく部員達。

「はいはい」

いつも通り、死んだ魚のような目で応える風守に対し、一人だけ別の問いかけをする者がいた。

「…最後ってどういうこと?」

ボソッとその一言を発したのはけやきだった。

「…全国大会で最後のレースでしょうが、これ。え?何?まだなんかあんの?やだよ、俺。早く帰りたいもん」

すぐにいつもの調子で減らず口を叩き始めた風守にそれ以上けやきは何も言わなかった。

一瞬、風守の目つきが死んだ魚のような目から別のものに変わったことと、ややいつもより早口な減らず口に違和感を感じながらも…。

けやきと風守のそんなやりとりに全員が昨日の立花の態度を思い浮かべながら、風守に真意を問いかけようとした時、またしても控室の扉が開いた。

「みんなー!優勝戦出場おめでとー!」

重苦しい空気が流れ始めた控室の雰囲気を破壊したのは、その立花だった。

「立花先生!」

立花の姿に大声を上げるいこの。

「良く頑張ったわね、みんな!でも、ここからが本番よ!後悔のないように頑張りなさい!」

「はい!」

立花の登場で部員達も少しは緊張が和らいだようだ。

その様子を認めた風守は、控室を立ち去った。

**************

優勝戦開始のアナウンスが会場に響き渡る。

観客席には、取材に来たマスコミや敗退した学校の生徒達、応援に来た観客が座っており、それなりに盛り上がりを見せていた。

優勝候補の東川高校と絶対に優勝できないと思われていた海月女子学園。

今大会最後の戦いが始まろうとしていた。

優勝戦は、2校のこれまでの得点はリセットされ、別の得点表で着位に合わせて加点されていく。その配点は、1着20点、2着15点、3着10点、4着8点、5着7点、6着6点となっている。

ピットでは、優勝戦第1レースを数分後に控えた2校の生徒がそれぞれの陣地で、優勝戦に向けて勝利への決意を固めていた。

「さて、そろそろだな。優勝戦第1レース、2号艇大森とあ、3号艇京浜ふたば、5号艇鈴ヶ森いこの。第2レース、2号艇大國けやき、5号艇平和島こむぎ、6号艇昭和島ナツ。以上の編成でやってもらう」

「第2レースは二人外枠かぁ…」

こむぎが不安が混じったため息をこぼす。

「ま、仕方ないんじゃないの?相手は優勝候補だし」

「先生は、私達を不安にさせたいんですか?それとも安心させたいんですか?」

「さっきと言ってること逆じゃん」

「しっかり現実も認識してなきゃ勝てるものも勝てないってことさ」

「まあ、先生に気の利いた言葉を言わせること自体、不可能ですから」

「そうなのです。この人はこういう人なのです」

「それでも、ここまで一緒にやってきてくれた」

言葉では、風守に対する非難もあったが全員が少し微笑みを浮かべていた。部員達の表情に風守の顔も少し綻んだ。

「あ、先生、もしかして照れてるの?」

「うるせ〜。もうすぐ始まるぞ」

「はーい!」

全員がカポックとヘルメットを持ってボートに向かおうとすると風守から再度声がかかる。

「そうだ。一つ言い忘れた」

全員が振り返り、不思議そうな顔で風守を見つめる。

「大森、自分の力を信じろ。お前の力は全国に通用する。いつも部員のバランスをとってくれてありがとうな」

「は…はぁ」

「京浜、荒削りな操舵だが、力強い走りがお前の持ち味だ。練習どおりやれば勝てる。お前はいつも部の雰囲気を明るくしてくれていたな」

「う、うん…」

「鈴ヶ森、丁寧な操舵技術がお前の取り柄だ。少し出遅れても諦めるな。これまで部長としてよく頑張ったな。お前の思いやりはこいつらの支えになったと思う。これからもこの部を頼むぞ」

「は…い…」

「大國、お前の腕は申し分ない。自分の力を出し切ることだけを考えろ。これまで辛いこともあったが、よく乗り越えたな。強くなったお前なら大丈夫さ」

「……」

「昭和島、お前は小柄だからその分小回りが効く。出足の速さと小回りの効いたターンで相手を翻弄しろ。お前ならできる。部のメンバーのスコアの記録や食事メニューの管理、いつも部活を陰で支えてくれて感謝してる」

「は…はい…なのです」

「平和島、この大会ではポンコツモーターを引いて散々だったかもしれん。だが、お前は優勝戦の舞台に立っている。それは、全員で行ったモーターの整備もあると思うが、そのモーターで実際に走っているのはお前だ。お前の潜在能力を信じろ。プロにもその力を認められたんだ。お前ならやれるさ。お前のがむしゃらな姿勢は、周りにもいい影響を与えているぞ」

「うん…。先生…あの…どうしたの?」

初めて聴いた風守の教師らしい発言に全員が疑問に思っていたことをこむぎが問う。

しかし、風守はその問いに対して応えることなく続けた。

「さて、茶番は終わりだ。今大会、最後の闘いだ。優勝以外考えるな!」

普段の様子とは違い激励する風守の言葉に部員達も『優勝』のふた文字しか頭に浮かべなくなっていた。

「私達、やってみます!!」

「やってみますじゃない。必ずやるんだ」

「はい!!」

全員が大きな声で返答した。

「これが最後のレースだ。存分にやれ!」

**************

優勝戦を控えた水面は、西の空に太陽が沈みかけ地区大会と同様、オレンジ色に染まっている。

観客席の喧騒とは打って変わって静まり返った水面を目の前に第1レースの出場メンバーがボートに乗艇する。とあ、ふたば、いこのはそれぞれのボートで出走ランプが点灯するのを待っていた。

この時間がこんなに長く感じたことはない。アクセルレバーに添えた手がぐっしょりと濡れている。

いつもの練習と変わらない面子だったとしてもやはり緊張はするものだ。しかし、この緊張感が今はどこか心地いい。海月女子学園の3人は図らずも同じ気持ちでランプを見つめていた。

第1レースには彩峰も1号艇で出場している。いつもはこの時間に話しかけてきていた彼女も今回ばかりは無口になっていた。

そして、ついに出走ランプが点灯した。

全艇が一斉にピットアウト。

枠なりでコースに侵入。全艇が大時計の針の動きに注目する。

アウトコースの3艇がタイミングを合わせて動き出した。

「このレース、負けられません。皆さんと一緒に絶対に勝ちたいです」

ヘルメットの下でいこのはつぶやくとアクセルレバーを握りスタートラインに向けて走り出す。

後方から迫るいこのを見やり、インコースのふたばととあもアクセルレバーを握り、加速していく。

「にゃはっ!まさか、ここまで来れるなんて正直思ってなかったな。よ〜し!いっくぞ〜!!」

「私達がここにいること自体が奇跡と言われるかもしれない。でも、もう一度、奇跡を起こしてみせる!!」

全艇がスタートラインを超えていく。正常なスタートだ。

彩峰は速攻で勝負を決めるべく、ターンマークギリギリで旋回していく。

2コースからツケマイを狙うとあ。

その外側から3コースのふたばもターンしていき、いこのは4号艇と6号艇の間をぬって差しを狙う。

1マークを旋回すると集団が綺麗に二つに分かれていた。

トップ集団は、彩峰、とあ、ふたば、いこのの4艇だ。

彩峰ととあは同じ速度を保ちながら、直線を走り抜ける。その二人にやや遅れて、内側にいこの外側にはふたばが並び、追跡を続ける。

1周目2マーク、ここでもとあと綾峰の決着はつかない。ふたばは、持ち前の力強さを活かして強引に外側から旋回していく。対するいこのは、2マーク直前で、思い切って外側から大きく旋回することにした。

2周目に入っても決着はつきそうにない。大きく外側に膨らんだいこのは、引き波の影響を受けることなく直線で加速していき、とあと彩峰に距離を置いて並走する。ふたばも彩峰ととあにピッタリとついていく。

緊張感からか、これまでのレースとは違い、全員の口数が少なくなっていた。

無言で勝負に挑み続ける。

3周目に突入しても決着はつかない。

「くっ!さすが彩峰…」

彩峰と並走を続けてきたとあも流石に焦りの色が見えてきた。

「さっきは勝てましたが、彩峰さんも必死ですね…」

「レースの腕じゃなかなか決着がつかないぞ」

いこのとふたばも流石に疲労が隠せない。

「あたしが本気でやってもこんなに追い縋ってくるなんて…。でも、あたしのプライドに賭けて負けらんないのよ!」

3周目1マーク、これまでの展開と同様に4艇が旋回していく。しかし、向正面でついに勝負の行く末が見え始めた。

彩峰の1号艇がとあの2号艇から頭一つ抜き出たのだ。勝率のいいモーターを引いたとあだったが、整備の仕方は彩峰の方が一枚上手だったようだ。彩峰ととあが2マークを旋回。ふたばといこのも後に続くが彩峰の引き波に捕まり減速してしまった。

「負けてたまるかぁぁ!」

最後の直線で、彩峰の1号艇に追いついたとあが絶叫する。

「こっちこそ負けらんないのよ!」

とあに並走する彩峰も叫ぶ。

二人のボートは接触しながらゴール。それに続きふたばといこのがゴールに入った。勝敗は判定へと持ち込まれる。

ピットに戻って、ヘルメットを外しながら大型モニターを全員が見つめる。

レースの結果、1着は彩峰だった。続いて2着とあ、3着ふたば、4着いこの、5着6着東川高校という結果に終わった。

すぐさま東川高校と海月女子学園の得点がモニターに表示される。

両者の得点は33点の同点。決着は第2レースに持ち込まれた。

「同点か…!」

「東川も必死ですね」

「こむぎ達、あとは頼んだぞ」

ピットに戻った3人は、乗艇するこむぎ達を見やる。

こむぎ達は、無言でボートに向かい乗艇していた。

1号艇東川高校染谷里奈、2号艇大國けやき、3、4号艇東川高校、5号艇平和島こむぎ、6号艇昭和島ナツ。

海月女子学園の3人の目の前を東川高校の3人が通り過ぎようとした時、一番後ろを歩いていた染谷里奈がこむぎに声をかけた。

「あ!地区大会の時の子じゃん!よくここまで来れたね!てっきり、私は鮫島とやり合うと思ってたから意外だよ。ま、これで終わりだし頑張ってねー」

「染谷さん…」

里奈は準優勝戦の時と同様、特にこむぎを意識していない。

「ま、そんな力まないでさ、楽しくやろうよ!プロのレースじゃないし、私にとっては趣味の一環、遊びみたいなもんだしさ。じゃ、お互いがんばろーねー」

そう言うと、里奈は自分のボートに向かって去っていく。

「なんなのですか!?あの態度!」

「…悔しい」

その発言にこむぎも腹が立ったが、グッと堪えるために奥歯を噛み締めた。

こむぎ達3人は、特に言葉を交わすこともなく、ボートの上からお互いに目配せをし、最後の決戦への覚悟をお互い確認し合う。

「いこの達に出会えてここまで来れた…。鮫島にも勝てた。みんなと一緒に優勝したい…」

「私がこの舞台に立てているのは、みんなのお陰なのです。さっきのレースもふたば先輩達のお陰で優勝の可能性があるのです。最後まで絶対に諦めないのです」

ヘルメットの下で二人は呟き、正面を見据えている。ただ一人、こむぎはもう一人視線を飛ばすべき者がいた。

染谷里奈。地区大会の優勝戦で敗れた相手だ。

里奈はこむぎの視線に気づく様子もなく、ただ無言で出走ランプの点灯を待っている。

「やっぱり、染谷さんも選ばれてる。準優勝戦でも私の事なんて眼中にないって感じだった。さっきは負けたけど、この勝負は負けられない。このレースであの子にも私の存在を認識させてやる!」

里奈から視線を戻すと、しばらくして出走ランプが点灯した。

全艇一斉にピットアウト。枠なりで位置についた。

アウトコースのこむぎとナツはタイミングを合わせ、アクセルレバーを思い切り握る。

それに合わせて二人のボートが加速していく。インコースのけやきもアクセルレバーを握り、全艇がスタートラインに向かって加速しだした。

全艇スタート正常、1ターンマークに向けて6艇が突進していく。

1号艇の里奈は華麗にターンを決め、いち早く直線に入る。それをけやきが追跡、こむぎとナツは3、4号艇を捲って旋回、全艇が直線に入った。

里奈とけやきは並走し後続4艇と半艇身差、あとに続く4艇はほぼ横並びだ。

「逃がさない!」

「海月女子学園のエースの子かぁ。最後に面白いレースができるかな?」

一方、後続4艇は1周目の向正面の半分を超えたところで、勝負の行く末が見える状況になっていた。

「外側からだけど機力の差で!!」

「私達のエンジンの伸びの方が上なのです!」

こむぎとナツは並走しながら、東川高校の3、4号艇を抜き2マークに向かって突進していく。

そんな中、けやきと里奈は2マークを旋回、ここで勝負を付けようとしていた。内側の里奈に横並びになりながら、ツケマイを決めようとするけやき。

「くっ!しまった!!」

「甘いよ!」

けやきはツケマイを決めようと躍起になりすぎたのだ。里奈のボートに近づきすぎたことで、2マークを旋回し終えた時、里奈のボートに外側に押し出されてしまった。

「あっ!けやきちゃん!」

「やっぱりあの子はエースなのです!」

後続のこむぎとナツが叫ぶ。

「他の子達はやられたのか〜。まあ、あたしがやられなきゃいい話だけどね」

里奈は余裕を崩すことなく、2周目に入っていく。

外側に膨らんだけやきの内側をこむぎとナツの二人が軽やかに旋回を決めて、里奈を追跡する。

「まだ追いつけるはず…」

こむぎの闘争心はまだ折れてはいない。地区大会での雪辱を晴らすために。

「こむぎ、ナツ、頑張って!!」

外側に弾き出されたけやきは、二人に聴こえないと理解していながらも叫んでいた。

2周目の直線、先頭を走る里奈の1号艇にこむぎが迫る。伸びを重点的に調整したこむぎのエンジンとペラは、その威力を存分に発揮した。

しかし、すぐに2周目1マークが迫る。

「へぇ。あそこからポンコツモーターでここまでやるなんてすごいじゃん!でも!」

対するこむぎは、ターンマークギリギリで旋回した里奈のやや外側を旋回する。前方に誰も走っていなかったことで、旋回後の加速もうまくいった。

けやきとナツも1マークを旋回。後続の東川高校に抜かれまいと必死だ。

「こむぎさんに手出しはさせないのです!」

勝負を諦めない東川高校の3、4号艇との戦いを制するため二人もトップ集団の追跡を続ける。

向正面の直線、こむぎはアクセルレバーを思いきり握りしめボートを加速させる。グローブの中は手汗でぐっしょりと濡れている。

「私があの子を捕らえるしかない…」

左前方を走る里奈のボートの後ろ姿を視界の正面に捉えながら、一人で決戦に臨む覚悟を決めていた。仲間達の力を借りて整備したモーターはこれまでにない力を発揮していた。加速も申し分ない。直線の伸びでは里奈のボートにも引けを取らない。

「あの子、地区大会の優勝戦で戦った子だったな。そういえば、準優勝戦でもいたっけ」

里奈は右後方のこむぎを見やりながら呟く。その距離は、ぐんぐん縮まる。

「面白い!久々に本気でやりあえる」

ヘルメットの下でニヤリと笑うと里奈は2マークへ突進した。

「2マーク!勝負だよ、染谷さん!」

里奈にやや遅れてこむぎも2マークに差し掛かる。

里奈は相変わらず、華麗にモンキーターンを決め直線に入った。

こむぎは里奈の外側をやや遅れて走る。里奈は右後方のこむぎを気にしつつ、引き波でこむぎのスピードを殺しにかかる。しかし、こむぎも里奈の戦術は頭に入っている。やや不利になると分かっていながらも外側に舳先を向けて直線を走り抜ける。

3周目。ここで勝負が決まる。里奈とこむぎはほぼ並走状態だが、やや里奈の方が前に出ている。

3周目1マークが近づいてきた。里奈は一足先に1マークを旋回、アクセルレバーを握る。

こむぎは、2マークから弧を描くように並走し、1マークをやや過ぎたところまで行くと、里奈がアクセルレバーを握ったと思われるタイミングでハンドルを切り、舳先を1マークに向けた。

「何っ!?」

これによりこむぎの艇は鋭い角度で1マークに突撃。里奈の艇にやや遅れはしたものの内側に入ることに成功した。

「うまくいかなかった…。でも、チャンスは作れた。次で決めなきゃ負ける」

3周目向正面の直線。こむぎと里奈は水しぶきを上げながら全速力で並走する。

「私を出し抜くなんて…。あの子…」

里奈は歯軋りをしながら、左側を走るこむぎを見やり全速で走り抜ける。

対するこむぎには既に余裕はない。口を真一文字に結んで手汗でぐっしょりと濡れたグローブ越しにアクセルレバーを握る。

「エンジンとペラを調整してるけど、やっぱり直線じゃ決着はつけられない…。次のターンマークで全てが決まる」

外側を走っているとは言え、里奈の方が一歩前に出ている。次のターンでケリをつけなければ、最後の直線でこむぎの敗北…もとい、海月女子学園の敗退は濃厚になる。

先に2マークの旋回の体制に入ったのは里奈だ。こむぎの前に躍り出て、旋回していく。

対するこむぎは、先ほどと同様、やや2マークを過ぎた辺りで里奈の動きに合わせて舳先を急激に2ターンマークに向ける。

「次こそはあぁぁ!」

ヘルメットの下でこむぎが叫ぶ。

「二度も同じ手を食うか!」

里奈も格下のこむぎに負けることはプライドが許さない。こむぎの手口はわかっている。ターンマークを鋭角に旋回することで差しを決めるつもりだ。旋回が終わったらすぐに内側に舳先を向けてこむぎの進路を塞げばいい。しかし、この思惑は無情にも崩れ去った。

「これでぇぇえ!」

里奈よりも鋭角に2ターンマークに侵入したこむぎは、里奈よりも早くボートの体制を立て直し、里奈と2ターンマークの間をすり抜けていったのだ。

「くっ!あんた達みたいな格下にやられるなんて!こんなことあり得ない!」

すり抜けて行ったこむぎを里奈が追う。その差は僅か。

「私は、あなたより格下かもしれない!!でも、ここまで毎日、ボートに乗って腕を磨いて、ここまで来た!絶対に諦めない!!」

こむぎと里奈は最後の直線を全速力で疾走していく。

「そんなポンコツモーターに負けるか!!」

「私のモーターは…このモーターはぁ…この大会で走る度、みんなに助けてもらって…私が整備して、少しずつ育てて…ここまで鍛え上げたんだ…。ポンコツ呼ばわりされてたこの子が私をここまで連れてきてくれたんだ!!この子は…この子はなぁ…そう簡単に負けるような子じゃない!!」

こむぎはそう叫ぶとアクセルレバーを思い切り握る。それに応えるようにモーターが唸りを上げ、ボートが加速していった。

「馬鹿な!!」

こむぎの眼前には、ゴールのラインが迫る。

里奈のボートより半艇身前に出ていたこむぎがラインを超えていく。

1着平和島こむぎ。2着染谷里奈。

後続4艇も次々とゴールを決め、3着にけやき、4着にナツが入り、海月女子学園の優勝が決まった。

**************

優勝戦が終わったピットはこれまで以上の喧騒に包まれていた。

海月女子学園の部員達はうれし涙で泣き崩れ、対する東川高校は真逆の涙に包まれている。

「ごぉむぅぎぃざぁぁ〜ん…」

「こ…こむぎぃ…」

ピットに戻ると最後のレースを一緒に走ったナツとけやきがこむぎに抱きつく。

「わぁっ!ナッちゃん!けやきちゃん!痛いよ!!」

鼻を啜りながらこむぎが応える。

「こむぎぃぃぃ!!」

「ぎょむぎぃぃ…にゃつ〜…げやぎぃぃ…」

「…こむぎさん…けやきさん…ナツさん…ありがとう…」

残りのメンバーもこむぎ達に駆け寄る。

「と、とあちゃん!やったよ!!…ふたば先輩…痛いですってぇ…。いこのせんぱぁ〜い…私達勝ったんですねぇ!うわぁ〜ん」

6人が団子状態になっていると、その団子に強い衝撃が走る。

「うわぁ!!」

「あなた達!よくやったわぁ!!えらいえらい!えら〜い!!!」

「立花先生!!」

7人のおしくらまんじゅうの出来上がりだ。7人が押し合いへし合いしていると、少し離れたところから声がかかる。

「おーい。お前ら、表彰式の準備しろ〜」

相変わらずぶっきらぼうな奴が表彰式のお出迎えにきた。

「がざもりぜんぜぇ…」

「何喋ってんだか分からんぞ。いいからさっさと顔拭いて、表彰式いけ」

「ぐすっ…もうじょっと優しい言葉かけらんないのかよぉ?」

「…ふたば、この人はこう言う人だ」

「最後までこの調子なのです…ぐす…」

「でも…優勝戦の前に…声かけてくれて…嬉しかった」

「忘れろ。恥ずかしい」

「…うふふ…さぁ、皆さん、表彰式に行きましょう」

勝利を手にした6人は表彰式に向かう。

その途中、染谷里奈がこむぎに声をかけた。

「あんたに負けるなんて…。こんなこと、あり得ない…。私の最大の汚点」

「なんだとぉ!」

怒りを露わにするふたばをこむぎが手を出して制した。

「そうかもね。私達は格下だったから。でも、私には何であなたが私に…私達に負けたのか分かる気がする…。それは、私達のこの大会に対する…レースに対する思いが違うから。あなたが趣味の一環としてやる遊びとは違うの!私達は学園のお荷物と言われてきた。廃部にするとも言われた。廃部ににさせないために…みんなでボートを続けるために…私は…私達はボートを本気でやってきたの!全てを賭けてきたの!!だから、あなたには負けなかったんだよ!!」

「……何それ?意味わかんない。でも…次は負けないから…」

そう言うと里奈は背を向けて、目を擦りながら去っていった。

「あの子…今まで負けたことなかったんだろうな…」

「そうですね…。才能がある故に…敗北を味わったことがなかったのかもしれませんね」

「あ!表彰式が始まっちゃうのです!」

「行こう」

里奈を見送った6人は、表彰台に登る。

優勝トロフィーが送られ、マスコミ各社がその様子をひっきりなしに撮影している。

6人の晴れ舞台を風守は立花と一緒に観客席の最後列で観覧していた。

「先生の依頼は果たしましたよ?」

「そうね、廃部の危機を阻止して、まさか全国大会まで制するなんてね」

「ほんとだよ。最初は廃部阻止で任務完了のはずが、理事長に目をつけられたお陰で難易度急上昇だったわ…」

「それはあなたにも責任あるんじゃないの?」

「その言葉、一番嫌いだって言ってんだろ」

「そう言うところよ?口は災いの元!気をつけなさい」

「へいへい」

「それはそうと…あなた、あの子達にまだ言ってないのね」

「……いう必要ないですから。大人の事情を詳らかにするのも気が引けますからね」

「そう」

「それに…すぐに分かることだし」

「そうね」

「ま、後は任せましたよ?海月女子学園ボートレース部顧問立花静香先生」

「…ありがとうね。風守君」

「そういうのも苦手でね…俺は。社会不適合者なんで」

そんな会話をしていると、6人への勝利者インタビューが終わろうとしていた。

「それでは、見事『MOTOR QUEEN』となりました海月女子学園の皆さん、最後に応援してくださった方々にメッセージを…」

「はい!皆さん、応援ありがとうございました!!優勝できたのは皆さんの応援のお陰です!それと、顧問の風守先生、立花先生!!廃部からこの部を守ってくれてありがとうございました!!」

最後のレースを見事勝利したこむぎの声が響き渡る。

「あら?風守君?あんた泣いてんの?」

「涙なんかとっくに枯れましたよ。帰りの準備があるんで俺は先行きます」

「無理しちゃって…」

立花に背を向け、表彰会場を後にする風守に呆れつつ笑みを浮かべながら立花は黙ってその背中を見送った。

勝利者の最後のコメントに合わせカメラのフラッシュがキラキラと光り、会場は観客の歓声にしばらく包まれていた。

「本当にありがとうございましたー!」

**************

EPILOGUE

全国大会が2月に終わってしばらくは新聞社の人達の取材が続いて大忙し。ほとんど部活もできなかったけど、3月の中旬になる頃には落ち着いて、部活ができるようになった。産休から復帰間近の立花先生が部活を見てくれていた。海月女子学園ボートレース部は存続が決定し、来年度もボートレースができることになった。

そんな楽しい日常が続き、春休みを目前に控えた終業式を終えて私達は部室に集まっていた。

「風守先生、いなくなったんですね」

「うちの学園の合宿所勤務になったって言ってたな。しかし、私達に何も言わずに転勤なんて…」

「合宿所ってあれだろ?運動部が夏合宿に使ったり、校外学習でたまにいくところだろ?」

「そうなのです。あそこ遠いから、そうそう会いにいくにも一苦労なのです」

「一言くらい言って欲しかった…。いこのは知ってた?」

「…いえ、私も今日知りました。ただ、転勤も急に決まったことだと…」

私達は、何とも言えない喪失感を感じていた。確かに、風守先生はあまり部活に顔を出さなかったけれど、存在そのものが学園から消えたとなると話は違う。何だかんだで部の存続のために理事長達に働きかけていたみたいだし。

みんなが黙ってしまって少し経った時、立花先生が部室に入ってきた。

「終業式お疲れ様。それじゃあ、みんな今日も部活始めましょ!…って、どうしたの?みんな」

「立花先生…」

「ああ、風守君のこと?」

「はい」

「まあ、色々あってね…」

「今日も欠席ってことは…」

「昨日引っ越したわ」

「そんな…せめて最後の挨拶くらい」

「まあ…そうよね。でも、彼は言ってたわ。別に死ぬわけじゃないんだから会おうと思えば会えるって。それにあなた達が彼の転勤について私に聞いてきた時は、優勝戦の時にあなた達にかけた言葉を思い出すようにって…。私は彼が何を言ったのか知らないけど、それが彼の本心らしいわ」

それを聞いて私達は少しむず痒くなったけど、気分が晴れるような気がした。

でも、それくらい自分の口で言えたのではないだろうか。そこは少し腹立たしい。けれど、あの人にそんな気遣いを求めるのは無駄だし、あの人らしい幕引きかもしれない。

「さ、みんな!!全国大会連覇目指して頑張っていくわよ!!」

「はい!!」

私達は全国大会で優勝することが出来ました。

初めてボートレースを見たあの真夏の暑い日、幼く短かった私の腕は届くことはなかった。あれから何年経っただろう…。私は、届くことはないと思っていたものを手にすることができた。

それは、私一人では成し得なかったこと…。海月女子学園で出会った人達と一緒だからできたこと…。

『MOTOR QUEEN』私達は高校女子ボートレース部の頂点に立つ女性になれたのだ。

海月女子学園ボートレース部、次の全国大会連覇目指して、いっきまーす!!

MOTOR QUEEN Fin

STORY

小説家

栗早家鷹

代表作

???

ILLUSTRATION

イラストレーター

スズナスズシロ

スズナスズシロ