SEASON3
SEASON3
#12 RACE
準優勝戦第2戦。
このレースでは、ふたばといこのが出場する。他に鮫島高校が1名、東川高校からは3名出場することになっていた。東川高校からはエースの綾峰葉月が出場するようだ。
綾峰をライバル視していたいこのにとっても重要な一戦となる。
レース開始時間が近づくにつれ、鼓動が速くなるのを感じた。1戦目はとあ達が快勝し、鮫島高校を破ってはいるが、海月女子学園が優勝戦に進めるかはわからない。東川も鮫島も強豪校だ。昨年のことを思えば、自分達が全国大会の舞台に立っていること自体が奇跡のようなものだ。
もしかしたら、綾峰と決着をつけるチャンスは、この1戦しか残されていないかもしれない。そう思うと自ずと緊張感がいこのを支配した。
「なぁーに硬くなってんだよ?いこの!」
不意に後ろからふたばに抱きつかれた。
「きゃっ!ふたばさん!」
不意打ちを喰らい、すっとんきょうな声を上げるいこの。
「綾峰がいるから緊張してるんだろ〜?」
ふたばは、抱きついたまま不敵な笑みを浮かべ話しかける。
「すみません…。やっぱりわかっちゃいましたか?」
「わかるも何もモロに顔に出てたぞ〜」
「ごめんなさい…部長がこんなんじゃダメですよね?しっかりしないと!」
「まぁ〜たそんなこと考えてるから、余計に緊張するんだぞ!せっかく綾峰と戦えるんだから、このレースを楽しみなよ。ほれ、あたしが緊張を解してやる!」
そう言うとふたばは抱きつきながら、いこのをくすぐる。
「きゃっ!やめてください!あははっ!ふたばさん!ちょっと!」
「にゃはは〜やめないぞ〜!いこの面白いにゃ〜」
「緊張感ないわねー、あんた達」
ふたばといこのが戯れあっていると急に声をかけられた。
「あ、綾峰さん」
「予選で落ちると思ってたけどやるじゃん!あんた達」
「へっへーんだ!あたし達を舐めんなよ!」
「鮫島はともかく、海月女子学園がここにいることに正直驚いてるわ」
「私もそう思います」
「いっいこの!?」
いこのの返答にふたばは驚いて肩透かしを喰らう。
「でも…奇跡だとしても…これは現実です。私達は…いえ、私はこのチャンスを最大限に活かします」
いこのは真っ直ぐ綾峰を見つめる。
「ふふ…あはははは!」
「なっ何がおかしいんだよ!?いこのは真剣なんだぞ!」
「ああ、ごめんごめん。半年前のあんたからは想像できないセリフだなと思って…」
「え?」
「少し会わないうちにあんた顔つき変わったよ。大人っぽくなったっていうか。ちょっと老けたんじゃない?」
冗談まじりに綾峰は笑う。
「ちょっ!どう言う意味ですか!?綾峰さん!」
「さぁ〜ね〜。ただ私も本気になれそうだなって思っただけ〜」
そう言うと綾峰はいこの達に背を向け自分のボートに向かっていった。
「もう!」
いこのは頬を膨らませ不満げな表情を浮かべていたが、すぐに微笑みを浮かべる。
「さあ!ふたばさん!私達も行きましょう!」
「いい感じに力が抜けたみたいだな」
「お陰様で。ありがとうございます!ふたばさん」
「あたしは、ただちょっかい出しただけさ」
「いえ、ふたばさん達がいなければ、綾峰さんにあんな言葉を掛けられることはなかったと思います。これまで本当にありがとうございました」
「いやいや、その台詞はまだ早いだろ?て言うか、何か一生のお別れみたいだし、そもそも全国大会優勝っていう目標達成してないし。お互い様さ」
「うふふ…そうでしたね」
二人が顔を見合わせて笑い合っているとレース開始を告げるブザーが鳴った。
「では、改めて。ふたばさん、行きましょう!」
「おう!優勝戦目指して突っ走るぜ!」
**************
準優勝戦第2レースは、1号艇鮫島高校、2号艇東川高校綾峰葉月、3号艇ふたば、4号艇東川高校、5号艇いこの、6号艇東川高校の6名で編成された。
全員がボートに乗艇し、出走ランプが点灯するのを待つ。
ふたばが横目で5号艇のいこのを見やるといこのと目が合う。
ヘルメットの中の表情は完全には窺い知れないが、穏やかな表情をしているように見える。
どうやら平常心を保っているようだ。正直、緊張しているのはいこのより、自分の方だったかもしれない。レース直前にいこのにちょっかいを出したのも、きっとその裏返しだ。
実際、ヘルメット越しのいこのの表情を見てホッとしている自分がいる。
ふたばは、ざわついていた心が落ち着いたことを伝えるようにいこのに向かってサムズアップする。
いこのは一瞬驚いた顔をするが、すぐにサムズアップを返してくれた。
「よ〜し!やぁってやるぜ!」
ふたばが叫ぶと同時に出走ランプが点灯した。
6艇が一斉にピットアウト。
コース取りで若干の小競り合いが生じたが、結局は枠形となる。
少しでも内側のコースに入ろうとしたいこのだったが、4号艇に阻止されダッシュスタートに備える。
大時計の針が頂点に向かって動いていく。
アウトコースのいこのと6号艇のボートはぐんぐん加速していく。
スロースタートの1〜4号艇も動き出した。
5号艇のいこのは行き足が良く、6号艇より前に出る。2号艇の綾峰と3号艇のふたばもうまくスピードに乗り、この3艇が他艇より先にスタートラインを越える。
スピードに乗った先行3艇が1ターンマークに突っ込んでいく。ふたばはツケマイを決めようとするが、内側にいる綾峰の方が有利だ。綾峰の方が先にターンし切った。
「ちっきしょ〜!」
ふたばは、ヘルメットの下で顔を顰める。
そんなふたばを尻目に綾峰は、直線でスピードを上げていく。前方の視界は開けている。このまま誰もいないプールを駆け抜けてやる。誰も抜かせはしない。その決意を胸にアクセルレバーを握りしめて直線を駆け抜ける。しかし、外側後方から自分のエンジン音とは異なる音が聞こえてきた。後方を振り返るとすぐそこに5号艇が近づいていた。
いこのだ。
「なっなに!?」
いこのは、他艇より先行していたお陰で捲りを決めていたのだ。モーターの特性と自分が得意とする操舵テクニックに合わせて整備していたいこののボートは強烈な伸びを手にしていた。
「綾峰さん!勝負です!」
「ちぃっ!」
向正面を半分過ぎる頃には、いこのは綾峰に追いついていた。いこのと綾峰のやや後方のふたばは、二人の引き波に乗らないように外側に位置をずらす。
いこのと綾峰は同時に2マークをターンすると直線でお互いのボートがぶつかりあった。
二人にガンッと衝撃が伝わる。
「整備力も上がってたのか!あんたやっぱり変わったよ!」
「綾峰さんに勝つために私も努力しました!!私達、優勝戦に出ます!」
「いこの!頑張れ!!…って、あたしもか。追いついてやる!!」
2周目には、この3艇と後続との差はかなり開いていた。
「海月女子学園になんか負けられるかぁあ!」
2周目1マークを僅かな差でターンしたのは綾峰だったが、いこのはターンでやや遅れを取りながらもターンするとすぐに体勢を立て直し、モーターの伸びで追い縋る。ふたばもいこのに続き綾峰への追撃が止むことはない。
2周目向正面の直線をいこのと綾峰のボートがぶつかり合いながら駆け抜ける。
ふたばもやや後方から、2艇についていく。
先頭集団が2マークに差し掛かったところで勝敗が決することになった。
「この短期間でここまで力をつけたっていうの!?」
「あなたに勝つために…いえ、優勝するために私は…私達はここまで頑張ってきたんです!!」
海月女子学園が力をつけていることは理解していたつもりだが、予想を超えたパワーアップに綾峰の心は動揺していた。その動揺が生んだ心の隙。それが、いこのに勝利をもたらした。
ターンでツケマイを決めたいこのが、綾峰より先にターンしたのだ。2マークを超えたところでは僅かな差であったが、整備したモーターは目を見張るほどの伸びを見せ、その差は徐々に大きくなり、3周目の直線ではいこのと綾峰の差は1艇身ほど離れていた。
「いっけぇぇえ!いこのー!!」
綾峰に続くふたばが叫ぶ。ここまで差がつくと、さすがの綾峰もいこのを抜くことはできず、見事いこのは準優勝戦第2レースを制することができた。
1着いこの、2着綾峰、3着ふたば、4着及び5着東川高校、6着鮫島高校。
ピットに戻りヘルメットを外したいこのの頬には一筋の涙がこぼれていた。
「いこの!やったにゃ〜!!」
レース前と同様にふたばが後ろから抱きつく。
「きゃっ!!ふたばさ〜ん!!」
「ありゃ?いこの泣いてんのか?」
「あの綾峰さんに勝てたので嬉しくて…」
嬉し涙をこぼすいこのは、ぐすっと鼻を鳴らしながら答えた。
「おいおい…まだ大会は終わってないぞ〜」
「あ…あはは…そうでした。気を引き締めないと」
「そうだぞ!!気が早いんだよ!!」
そう言うとふたばは、いこのをくすぐり始める。
「あっ!ちょっと!ふたばさん、やめてください!!あはは」
「まったく、こんな連中に負けるとは…私もヤキが回ったかなぁ?」
そこへ現れたのは綾峰だ。
「こんな連中とは失礼な!!勝ったのはあたし達だぞ!」
「私に勝ったのはあなたじゃないでしょ?」
「ぐぬぬ…」
「でもまあ、あんた達の実力は認めるよ。鮫島は優勝戦に進むのが難しくなったしね。優勝戦はウチとあんた達かもね」
「綾峰さん、ありがとうございました。私、今回のレースすごく楽しかったです」
「ふん!海月女子学園にしてやられるなんて、人生最大の汚点だわ。でも、優勝するのはウチだからね」
「いいえ!今年はウチが勝ちます!!」
「何言ってんのよ?次のレースに出るおたくの1年は最低勝率のモーターじゃない。そんな爆弾抱えてここまで来れたのが奇跡だっての。奇跡は起きないから奇跡なの」
「奇跡は起こすものですよ?私達がここにいるのが何よりの証拠です」
「ちっ!優勝戦でぶつかったらその減らず口を叩けないようにしてあげるよ!」
そう言うと、綾峰はぷりぷり怒りながらその場を後にした。
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
「あーあ…。いこのの奴、やっぱりスイッチ入っちゃったかぁ…。さすがに全国大会中はないと思ったのになぁ。こうなると怖いんだよな〜いこの」
「ふたばさん?何か言いましたか?」
「いえ!何も!!…あ!いこの、そろそろこむぎのレース始まるぞ!」
「はっ!そうでした!こむぎさんの応援に行きましょう!!」
**************
準優勝戦第3レース。準優勝戦最後のレースだ。
第3レースの編成は、1号艇東川高校染谷里奈、2号艇・3号艇東川高校、4号艇・5号艇鮫島高校、6号艇こむぎ。海月女子学園からはこむぎ一人が出場する。
ここまでのレースの各校の得点は、海月女子学園89点、東川高校75点、鮫島高校72点となっていた。
下馬評に反して大健闘している海月女子学園だったが、こむぎが3着以内に入らないと優勝戦に進出できる可能性が低くなる。
こむぎは、たった一人で東川高校と鮫島高校を相手にしなければならない。しかも、その中には東川高校のエース、染谷里奈がいる。地区大会の優勝戦で辛酸を舐めさせられた相手だ。あの時は、ボートレース部の廃部がかかっていたこともあり、里奈のことをそこまで意識していなかったが、今回は違う。
地区大会で見せた圧倒的な実力、しかもあの時の里奈は全力ではなかったように思う。
今の自分が里奈に太刀打ちできるのか?ましてや最低勝率モーターを抱えながらの戦いだ。試運転と予選でモーターの癖を掴み、確実に機力が伸びてきているとは言え敵のエースは強い。
現実を噛み締めるたび、不安がこむぎを支配していくのが分かった。
「あー!!やめよ、やめよ!!考えるのやめ!!」
頭を大きく振り、不安を払拭する。
「今はレースに集中しなきゃ!」
するとレース開始を告げるブザーが鳴る。
こむぎは自分のボートに向かおうとすると里奈と目が合った。しかし、里奈はこむぎを見ても顔色一つ変えず自分のボートに向かっていった。まるでこむぎの事など覚えていないように。
「そっか…。あの子、私のことなんて覚えてないのかも…」
自分の実力不足、大会での存在感の無さ、様々なネガティブな思いが去来するが、ふと別の考えも浮かんできた。
里奈に認識されていないのなら、それはそれで気が楽かもしれない。
「そうだ!誰も私の事、気にしてないなら気楽にやろう!!レースを楽しもう!!」
気持ちの切り替えをしつつボートに乗艇し、出走ランプが点灯するのを待つ。
鮫島高校は追い詰められているせいか、ヘルメット越しでも緊迫感が伝わってくる。1〜3号艇の東川高校のメンバーの方は窺い知れない。
出走ランプが点灯し、全艇ピットアウト。
こむぎはコース取りに参加せず、最初から6コースへ向かっていく。
東川と鮫島は小競り合いの結果、1コース里奈、2コース東川高校、3コース・4コースに鮫島高校が進入し、3号艇の東川高校は5コースとなった。
1コースから4コースまでがスロースタート、5コースと6コースのこむぎがダッシュスタートとなった。
こむぎは十分な助走距離をとって、ボートを加速させる。予選より反応がいい。ペラが水を上手く掴んでいるようだ。確実に調子は上がっている。
正常にスタートラインを越えると、こむぎが僅かながら他艇より前に位置していた。1マークに到達すると1コースの里奈は華麗なターンを決め、トップで直線に入る。対するこむぎは、3号艇5コースからスタートした東川高校を捲り、3コースと4コースの鮫島高校がやや外に流れた隙をついて、捲り差しを決めた。
「やった!!うまくいった!!」
前方には東川高校の2艇が走っている。まだそこまで差はない。捲り差しを決めたこむぎは、2号艇より内側を走っている。2マークで上手くターンを決めれば、まだトップを狙える位置にいた。しかし、里奈のボートはまだ加速していく。強烈な伸びだった。
「速い!?」
向正面の半分を過ぎたところで、里奈とこむぎとの差は1挺身。それに続く東川高校もこむぎに抜かれまいと必死だ。
里奈は後続艇に差をつけ、トップで2周目に入る。
「せめて2着には入りたい!内側にいる私の方が有利なはず…」
こむぎは一縷の望みを懸けて2マークを旋回するが、こむぎにピッタリと横付けした2号艇の東川高校はツケマイを決めて、2マークでこむぎより先行した。
「しまった!!」
こむぎより先に旋回し切った東川高校は直線でスピードに乗るのも早く、こむぎの前に出て、さらに引き波でこむぎのスピードを殺しにかかった。
「これじゃ、もう追いつくのは無理だ。3着は死守しないと!!」
ヘルメットの下で歯を食いしばり、ハンドルをやや右に切りながら引き波を避ける。
こむぎのボートは外側に位置をずらし、改めてアクセルレバーを握り、ボートをトップスピードに乗せる。
後続艇の鮫島高校が迫る。こむぎは、2周目1マークを何とか3番手で旋回。
しかし、やはりモーターの伸びが悪い。直線で後続の鮫島高校と差をなかなかつけることができない。
「お願い!頑張って!!」
思わずモーターに声をかけるこむぎ。
2周目2マークを旋回。こむぎはモーターの性能差を腕でカバー、順位を維持する。
「あと1周!!」
3周目、後がない鮫島高校は必死でこむぎに追い縋る。直線ではこむぎのボートとぶつかりながらも1マークを我先に旋回しようとする。
内側に位置していたこむぎは、アクセルレバーを早めに緩め、ハンドルを左に切り、もう少しで1ターンマークに向かって突っ込むような体制でモンキーターンを決める。
少し早めにスピードを緩めたことで丁寧にターンすることができた。お陰で鮫島高校よりも先に直線に向かって体制を立て直すことに成功。緩めたアクセルレバーを思いっきり握る。
「根性見せろぉー!」
モーターが唸りを上げるとボートが加速していく。鮫島高校よりも先に直線で加速できたことで鮫島の捲りを阻止。しかし、やはりモーターの伸びが悪い。結局直線で横並びになる。
2マークでも大差はつかない。そのまま、ほぼ横並びでゴールした。
1位東川高校染谷里奈、2位同じく東川高校、3位が判定に持ち込まれる。
ピットでこむぎのレースを観戦していた部員たちに緊張が走る。
こむぎもボートをピットに戻し、ヘルメットを外し乱れた息を整えながらモニターを注視する。
判定を待つ僅かな時間が永遠のように思える。鮫島高校の生徒も固唾を飲んで見守っている。
ついに判定が出た。
3位海月女子学園平和島こむぎ。
モニターに映し出された自分の名前を見たこむぎは、ピットに座り込んだ。
「やった…私達…優勝戦に進んだんだ…」
観戦していたとあ達も嬉しさのあまり声が出ないようだ。
対する鮫島高校からは啜り泣く声や悔しがる声が聞こえる。
海月女子学園の優勝戦出場が辛くも決まったのだった。
小説家
???
イラストレーター