SEASON3

STORY #10

#10 RACE

前哨戦

  • 栗早家鷹
  • スズナスズシロ

1日目の昼食後、選手達はモーターとプロペラの調整を行い、試運転を行なった。

こむぎのモーターは、試運転でも調子が上がらず、本番への不安が募る一方である。

宿舎に戻った海月女子学園は、明日のレースに向けて宿舎の部屋でミーティングを行なっていた。

「みんな集まってるな。そんじゃまあ、部長あとよろしく」

「はぁ…それでは皆さん、明日に備えてミーティングを始めます」

適当な風守と対照的にいこのが部長らしく仕切り出した。

「地区大会もそうだったが、全国大会は私達にとって未知の領域だからな…。これからどうやったらいいか私には全然検討がつかない…」

「まーた、とあの心配性が発症したよ〜。昼間っから言ってるようにいつも通りやれば大丈夫だってー」

「とあ先輩は、自分に自信を持った方がいいのです。試運転のタイムだって悪くないのです」

「し…しかし!」

「とあ先輩はモーターが申し分ないから問題ない…。それよりもこむぎの方が…」

「ゔうぅぅ…けやきちゃ〜ん…はっきり言わないでぇぇ〜…」

部屋の隅で体育座りをしていたこむぎが、頭を抱えうめき出した。

「あ…こむぎすまん…」

「こむぎさん、まだ実際にレースもしてないんですから」

「でもぉ…タイムだって悪かったし、本番だと緊張するもん…」

眉で八の字を作りながら、反論するこむぎ。

「おいおい、こむぎまで先生のネガティブがうつったのか?やめやめ、そういうの」

そんなこむぎをふたばが気遣う。

「おい!誰がネガティブだ。現実主義者と言え」

「あら?聞こえてた?にゃはは」

「聞こえるように言ってんだろうが」

「先生はほっといていい。明日のことを考えなきゃ」

「大國さん…最近、俺に厳しくありませんかね?」

風守をスルーし、脱線しかけた話題をけやきが強引に引き戻していく。

「基本ルールは、地区大会と同じなのです。ただ、明日の予選で30点以上取らないと足切りになって、その時点で私達の全国大会は終わってしまうのです」

「つまり、明日の予選はできるだけ4着以上を取らなければならないと言うことです」

「地区大会のルールと同じだから、各着位の配点は…」

「1着10点、2着9点、3着7点、4着6点、5着5点、6着4点なのです」

「あー絶対あたしが足引っ張っちゃうじゃーん!」

こむぎは頭を掻きむしる。

「おいおい、そんなに頭掻きむしると禿げるぞ」

「うるさーい!先生こそ、現実主義者なのはいいけど、ストレス溜めすぎて禿げそうなんじゃないの!?」

「そうそう、最近抜け毛が激しくて…って、おい!気にしてんだよ、やめろよ」

「もお、先生の話はいいよ!私のモーター、伸びも出足もダメダメなんだもん!」

「完全に情緒不安定だな…」

「先生、他人事じゃありませんよ?もう少し部員の心のケアを…」

「部長、それは無理難題だ」

「この人は荒療治しかできない」

「だから大國さん?最近、俺に厳しくありませんか?」

「そうだよな〜。先生に上手に女を扱うなんて無理だよな〜」

「俺のトラウマスイッチ押さなくていいから。ほんといいから、ミーティングしようね」

「うわーん…どーしよー!!!」

こむぎの不安はさらに募る。

「とにかく!予選での目標を決めて今日のミーティングはおしまいにします!」

いこのが珍しく声を荒げると部員達の騒ぎは収束した。

「明日は、モーターの調子が良いとあさんに頑張ってもらいます!とあさんは、最低でも3着を目標に。他の人達は、こむぎさんのモーターの調整もありますから、こむぎさんをカバーできるようフォローすること!以上です!」

「いこの…私にできるかどうか…」

「私も勝てる気がしない…」

「二人ともそんなことを言っている場合じゃありません。私達がここまで来れたこと自体が、奇跡かもしれないんです。こんなこと言いたくありませんが、私達に失うものはありません。全国大会だって初出場なんですから。だから、出来ることを精一杯やりましょう」

「いこの…」

「私も正直言って不安です。たぶん皆さんもそうです。でも、地区大会を超えてここまで来れたのも私達が、その時その場所で出来ることを精一杯やってきた結果だと思うんです。プロの世界と違って私達のボートレースはチーム戦です。誰かが失敗しても他の誰かがフォローすることが許されているんです。私も含めてここにいる全員が助け合いますから目標を達成することだけを考えましょう」

「そうだぞ、とあ!正直、私も不安なんだ。これでも無理して軽口叩いてんだぞ。でも、軽口が叩けるのは、とあやみんながいるからなんだ。こむぎだって、プロに指名されて戦ったんだぞ。腕も褒められてたじゃん。他校の生徒にプロと走ったやつなんて、そうそういないぞ」

「こむぎさん、私だって地区大会ではみんなの足を引っ張ってしまったのです。私もこむぎさんと同じ気持ちなのです。私は分析が得意だから、そこでしかみんなの手助けができないかもしれないけど、こむぎさんのモーターの調整のアドバイスは全力でするのです。だから、こむぎさんもとあ先輩も私達に力を貸してください」

「私が鮫島高校との練習試合に勝てたのもみんなと一緒だったから…。こむぎやとあ先輩、みんなと一緒だから過去を乗り超えた。だから、失敗を恐れないでほしい…。そんなの二人らしくない」

「みんな……」

「そ…そうだな…。こむぎの為にもみんなの為にも…。例え、予選通過できなかったとしても悔いのない戦いをしよう」

**************

ミーティングが終わったことを見届け部屋を出ていく風守の背中を追って、いこのが部屋を飛び出していく。

自分の部屋に戻るべく暗い廊下を歩く風守を呼び止めた。

「先生」

「何か用?」

「何故、何も仰らなかったんですか?」

「いやいや、しゃべってたでしょ?」

「核心をつくことは何も仰っていません」

「だって、俺の出る幕ないじゃん」

「……でも、顧問として何か言いたいことがあったんじゃないですか?」

「何も言うことないよ。もうびーびー泣くようなやつじゃないじゃん。お前」

「わっ私のことはどうでも良いんです!こむぎさんととあさんに何かアドバイスとか…」

少し頬を紅潮させながらいこのが食い下がる。

「大森はさっきのミーティングで何とかなるだろ。自信が持てないのは問題だったが、さっきので大分気持ちがほぐれたんじゃないの?平和島の方はやってみなきゃ分からんでしょ」

「こむぎさんの方は、先程のミーティングで納得しているようには見えませんでした…私では力不足で…」

「だよなぁ」

「だったら!」

「さっきも言ったでしょ?俺には無理難題だって。あいつは実際に動かした方が飲み込みが早いんだ。問題は上手く優勝戦まで行けたとして、あいつが化けるかどうかだが、結局はあいつ自身の問題だし、俺が言えることは何もないよ」

「それは…」

「俺はもうお前さん達には必要ないってことだ。お前らは自分でやれるんだから自分で何とかしなさいよ。さっきも自分で言ってたでしょうが。今やれることを精一杯やるって」

「そうですけど…」

「あとは部長に任せたから。自力で歩ける奴に横から口出すのは主義じゃないんでね。じゃ、俺はもう寝る。お前らも早く寝ろよ」

いこのに背を向け、風守は暗い廊下に消えていった。

**************

翌日、予選が始まる。

予選は全12レース。

6つの地区から2校ずつ、全12校総勢72名がレースに臨む。

海月女子学園は、初出場のため序盤の1〜3レースに組み込まれている。

天候は快晴そのものだが、2月下旬の寒空が広がっていた。

そんな寒空の下、水面に面した観覧席の端っこでコートを着込んだ風守がベンチに座っていると急に頬が熱くなった。

「うわっ!」

「おっす!」

「あちぃな!何すんだよ?」

頬に押しつけられたホット缶コーヒーを受け取りながらぼやく。

「何よ?失礼ね。せっかく私の奢りなのに。ていうか、挨拶が先でしょ?ふつう」

そこには、育休中の立花静香が立っていた。

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

「相変わらずの減らず口ね。まあ、でもウチの部活をここまで連れてきてくれてありがとう」

そう言いながら、立花は風守の隣のベンチに腰を下ろす。

「前と同じ台詞ですね。何すか急に。まだあいつらは勝ってませんよ?」

立花は風守の台詞にキョトンとした表情になる。

「その顔は何なんだよ?」

「まさか、あなたからそんな台詞が飛び出すとは思ってなかったから」

風守は、ふん!と鼻を鳴らすと、水面に目線を戻し缶コーヒーをあおった。

「あの子達のこと、信じてるのね」

「どーですかね。まあ、一部を除いた職員達に比べて信じてはいますね」

「まったく…一言多いのよ、あなたは」

「前にも言いましたが、俺は何もしてないですよ。あなたと約束した通りボートレース部を存続させる工作をしただけで、この大会に出場できたのはあいつらの力が全てです」

「その環境を守ったのはあなたでしょ?」

立花の言葉に返答を返そうとしたところで、第1レースのスタートを告げる放送が入った。

**************

ピットでは、出場する選手達で大賑わいとなっていた。

1レースの開始を告げるブザーが鳴ると出場する選手達は、敬礼し自分のボートに向かっていく。

海月女子学園で1レースに出場するのは、こむぎとふたばだ。

初出場となる海月女子学園は、5枠、6枠と外枠が割り当てられていた。

より内側の侵入コースを取りに行くことも許されてはいるが、全国大会ともなれば至難の業だ。

「こむぎ、余計なことは考えるなよ。ポンコツモーターかもしれないけど、実際に走ってみて合わせていけば良いんだ」

「でも、ふたば先輩、予選通過できなかったら、そんなチャンスもありませんよ〜…」

「まったく!昨日も言ったろ?そのために私達がいるんだ。こむぎは、早く走ることだけを考えろ!どんなにポンコツなモーターだったとしても出来るだけ上位に食い込め。ダメだったとしても私達がカバーする!こむぎがそんなだと、私達も不安になる!」

「は…はい!」

二人は乗艇すると勢いよくピットアウト。

枠番通り、ふたばが5コース、こむぎは6コースに侵入した。

大時計の動きに合わせて、アクセルレバーを握る。

全艇スタート正常。

ふたばは、かなり良いスタートを切り、1ターンマークに向かう。

対するこむぎは、モーターに足を引っ張られ、やや遅れ気味だ。

6艇が1マークに差し掛かると、ふたばは全速ターンで捲り、2着を争う位置につけた。

こむぎも何とかターンを決め、後に続く。

ふたばは、向正面の直線でアクセルを全開にして突っ走っていく。

2ターンマークを超え、2周目の直線での加速も申し分ない。

1艇身、2艇身とぐんぐん話していく。

2周目1ターンマークで2着争いに終止符が打たれゴール。

ふたばの後に続くこむぎもモーターの不調を腕でカバーし、何とか4位でゴールした。

「はぁ…はぁ…何とか2着に入ったぞ…」

「ふたば先輩…」

「おぉー!こむぎもよくやったじゃん!」

「何とか最低限のことは出来ました…」

「それで良いんだよ!」

「私のモーターのこと、何となくわかった気がします。これから整備してきます!」

「あ!こむぎ!次のレース始まるぞ…って、行っちゃった…。ま、いっか。昨日よりマシだしな。…でも、まだ予選通過決まってないんだけどな…にゃはは」

整備に向かったこむぎを見送ったところで、2レースが開始された。

2レースでは、けやきとナツが出場する。

「けやきさん、こむぎさんもノルマ達成したのです!私達も頑張るのです!」

「うん。優勝を目指す」

けやきとナツも御多分に洩れず、5枠と6枠を割り当てられたが、けやきはピットを飛び出すと内側を目指しコース取りに行く。

内枠に邪魔をされながらも何とか2コースにわって入った。

「けやきさん、すごいのです…。私も頑張らないと…」

ナツは枠番通り、6コースに侵入しダッシュのために距離を稼ぐ。

大時計の針を見ながら加速していく。

インコースのけやきもタイミングを見計らって加速する。

全艇スタート正常。

モーターの性能とけやきの腕が相乗効果を生み出し、奇跡的なタイミングでスタートラインを越えていった。

ナツもまずまずのスタートを切り、全艇が1マークで攻防を繰り広げる。

最初に抜けたのは、もちろんけやきだ。

ナツも内側の艇に捲り差しを決め、トップ集団に食らいつく。

けやきは、後続をぐんぐん突き放す。

2周目に入るとレースの勝敗はほぼ決まっていた。

けやきは見事1着を取り、ナツも3着となった。

「けやきさーん!やったのです!3着なのです!」

「よかった!これで足切りは無くなった。あとはとあ先輩といこのがどれだけやれるか…」

けやきとナツがピットに戻るとすぐに3レースの開始を告げるブザーが鳴る。

「とあさん、頑張りましょう!けやきさん達が作ってくれたチャンスを活かせるように」

「ああ…やってみる。しかし、これまでと違って、私達の相手は強豪校の選手も混ざっている。これまでのようにはいかないかもしれない…」

「そうですね…ただ、足切りは無くなりましたから、リラックスして臨みましょう」

「だな。昨日のミーティングで私も少し気持ちがほぐれた。ありがとう、いこの。さすが部長だな」

「そっそんな!昨日のあれはハッタリなんです…。私だって本当はとあさんと同じで…」

「ハッタリだとしても不安な気持ちが和らいだんだ。土壇場でそんなハッタリを効かせられるなんていこのは凄いよ」

「もう…とあさん!私の事はいいですから、このレースに集中しましょう!」

「ふふ…そうだな、部長」

「先生みたいな呼び方やめてください」

雑談を交わした二人は乗艇しピットを離れる。

枠番通り、アウトコースからのスタートとなり、5コースのいこの、6コースのとあの二人は同時にアクセルレバーを握り、スピードを上げていく。

内側の4艇も加速し、6艇がスタートラインを超えていった。

1ターンマークを曲がり切って、向正面の直線に最初に入ったのは、1コースの選手。

それに2コースの選手が続く。

とあは、捲り差しで何とか内側の選手をやり過ごし、3番手につけた。

いこのも3コースと4コースの選手を捲って4番手で1マークを抜ける。

直線に入るととあのモーターは強烈な伸び足を見せ、後続艇を突き放していく。

いこののモーターも伸びは悪くない。

5番手、6番手と徐々に距離を離す。

とあは、2マークに差し掛かるところで2番手の選手に追い縋るが、相手の選手はそう簡単に追い付かせてはくれなかった。

2マークのターンで距離を離され、追いつくことが困難な状況に陥ってしまう。

いこのは、後続艇に追い付かれないように必死でアクセルレバーを握る。

二人はそのまま順位を落とす事なくゴール。

何とかノルマを達成することができた。

**************

「やるじゃない!あの子達!」

観覧席でレースを観戦していた立花がベンチから立ち上がって歓声を上げる。

「はしゃぎすぎ」

「そんな事言って、あなためちゃくちゃ嬉しいくせに。その証拠にずっと拳を握ってるじゃない」

立花は、ニヤニヤしながら風守を見下ろす。

「……まだ予選通過が決まったわけじゃないでしょうが」

「そうだけど、少なくとも足切りはなくなったわよ?」

「確かに…」

「あなた、本当に嬉しいと口数少なくなるの知ってんだから。もっと、感情に正直になった方がいいわよ?」

「うるせー…。とにかく、残りのレースが終わるまで気は抜けませんよ」

「そうね。あとは祈るのみか…」

こうして海月女子学園の全国大会最初の戦いが終わった。

前哨戦

STORY

小説家

栗早家鷹

代表作

???

ILLUSTRATION

イラストレーター

スズナスズシロ

スズナスズシロ