SEASON3
SEASON3
#8 RACE
季節は冬を迎え、全国大会が迫ってきている。
受験生にとっては最後の追い込み期間に突入する時期であり、高校ボートレース全国大会も受験シーズン直後に行われるため、ボートレース部員にとっても最後の追い込み時期となる。
三影との一件から部員達も練習に精を出すようになっていた。
「ああ〜疲れたぁ…」
「もう動けないのですぅ」
「……ふぅ」
1年組は連日続く過酷な練習に疲労困憊といった様子だ。さすがのけやきの表情も曇っている。
「皆さん、お疲れ様です」
「お疲れ、いこの。しかし、毎日この練習メニューは流石に辛いな」
「んにゃ〜、明日から少し休もうぜー!」
「そうですね…。少し疲れが溜まっているかもしれません」
「そうだぞ〜、あたし達クリスマスも練習してたじゃーん!少しは遊びたーい!」
「しかし、大会までの時間は限られてるんだぞ」
「いいじゃん、とあちゃん!高校生活だって限られた時間しかないんだよー!少しは高校生らしいことしたいもん」
「しかしだな、こむぎ…」
「とあちゃん、小学校卒業までサンタさん信じてたじゃん。本当は、クリスマスもちゃんとパーティしたかったんじゃないの〜?」
「ばっバカ!こむぎ!そそそ、そんなわけないだろ!」
「うそー!とあ先輩、そんな歳までサンタさん信じてたのですかー!」
「じょ冗談に決まってるだろ!信じるなー!」
「にゃはは〜こりゃ、いい情報を手に入れたな」
「ふたば先輩!早速、風守先生にこの情報を伝えに行くのです!」
「なっ!あの人に言う必要ないだろ!待て、ふたば!ナツ!」
「じゃあ、明日の練習はお休みで、少しは遊んでいいよな?」
「ぐぬぬ…」
まんまと嵌められるとあ。
「まあまあ、とあさん、たまにはお休みも必要ですし」
「確かにいこのの言うことも一理あるな…」
「それで、具体的には何をするんでしょうか?」
「それなら私にアイディアがあるのです!みんなで食材を持ち寄ってパーティするのです!」
「あー!それいいかも!バレンタインデーも近いし、チョコも食べたーい!」
「あ、それいいな!みんなでチョコ交換しよーぜ」
「では、明日は部室でパーティということで!先生にお願いに行きましょう」
**************
「という訳で、明日は練習をお休みにして部室でささやかなお食事会を…」
「あ、そ。いいんじゃない?明日は学校休みだし。俺も毎日練習に付き合うのも大変だしな」
「やったー!」
「まあ、いいんだけど、あんまり遅くならないようにしてくれよな。怒られるの俺なんだから」
「先生も参加する?」
「いや、遠慮しとく。ここのところお前らの練習に付き合ってたから仕事も溜まってるし、どうせ女子高生らしくしたいとか言って、季節のイベントを実施するつもりだろ?」
相変わらず卑屈な風守に辟易する6人。
「よく分かりましたね!チョコの交換会をするのです!」
風守は、はぁ…と深い溜息をつき6人に背を向け机に向かいながら呟いた。
「やっぱりな。忌々しいイベントだ、マジで…」
「まあまあ、先生にもお裾分けするから」
苦笑いしながらこむぎが風守に声をかけると予想斜め下の返答が返ってきた。
「いやいや、リア充は爆発しろって思ってるけど、俺、チョコ欲しいわけじゃないから。もうこの年でそんなこと気にしないから。何が嫌かって、配んだよ女性陣が。チョコを。そうすると俺らはお返しをしなきゃならんだろ。そうするとな、下っ端の俺がお返しのチョコを買いに行かされるんだよ。うちは女子校で女性教諭が多いから数を揃えるのが大変だし、お返しも慎重に選ばないと女性陣からは、やれセンスがないだ、義理チョコのお返しでこれは重いよね…とか、なんか安っぽくない?とか言われるし、男からはコストが高すぎるとか、もっと良いものなかったのか?とか色々言われるんだ。ケッ!」
延々と語る風守に全員が引いている。それを気にせず風守は続ける。
「大体、勝手に配っておいて見返り求めるとか何なん?お返し買いに行く時間とか給料に含まれてないだろ。つーか、こんな文化作ったお菓子メーカー、マジでふざけんな。最近はハロウィンまで騒ぎやがって……」
「いつまで喋ってるんだ、この人は…」
「にゃはは…相変わらずだな…」
「なんか、惨めを通り越して、哀れだよね」
「かわいそうな人なのです…」
「これ、終わらないよ?いこの…」
「そ…そうですね…。あの…先生?」
ブツブツと恨み言を続ける風守にいこのが声をかける。
「まったく日本人て奴はすぐに周りに流される……って、何か言ったか?」
軽く咳払いをしていこのが苦笑いをしながら続けた。
「明日の準備があるので、私達はそろそろ…」
「あ、ああ」
全員が頭を抱えながら理科準備室を後にした。
**************
翌日、食事会の日。
食事メニューは、部員の体調管理にうるさいナツに任され寄せ鍋をすることになった。
前日のうちにそれぞれチョコを調達し、昼頃に部室に集まってきた。
「じゃ、俺は仕事してるから何かあったら携帯に連絡くれ」
「はい、それでは終わる頃にお声がけします」
部室の鍵をいこのに預けると、風守は早々に立ち去っていった。
「じゃ、始めよ!さあ、食材を鍋に入れて…」
「待つのです!こむぎさん!」
ナツが突然大声を上げて、こむぎを静止する。
「こむぎさん、ちゃんと食材を入れる順番を守るのです!まずは、火の通りにくい野菜から入れるのですよ」
「そっかぁ。気をつけるよナッちゃん」
「あ!ふたば先輩!つまみ食いしちゃダメなのです!」
「え〜だって、腹減ったんだもん…いいじゃん、ちょっとくらい」
「ダメなのです!」
「すごい鍋奉行ぶりだな…」
「ここはナツさんのいうことを聞いておいた方が良さそうですね」
「…ナツ、いつもより張り切ってる」
ナツの指導の下、鍋の準備が着々と進んでいく。
しかし、これから彼女達を悲劇が襲うことになるとは誰も予期していなかった。
**************
「わぁ!できたぁ!」
「いい香りだな」
「美味しそう」
「にゃはは〜早く食べようぜ」
「そうですね、いただきましょう」
「肉だけじゃなく、野菜や魚も食べるのですよ!ああ!ふたば先輩、言ってる側から!」
出来上がった鍋をつつきながら束の間の休息を満喫する6人。
ここのところ張り詰めていた空気が緩んでいく。
「そろそろチョコの交換をするのです!」
「あ、いいね、ナッちゃん!」
食事が進んだところで、チョコの交換会が始まる。
それぞれ持ち寄った品を紙袋から取り出し、机の上に並べ出した。
「わぁ!すごーい!みんな美味しそう!」
こむぎはトリュフ、ナツはホワイトチョコレート、とあは抹茶チョコレート、どれも有名ブランドのものだ。
けやきといこのは手作りのチョコレートケーキを持ってきていた。ラッピングが可愛らしい。
ふたばも有名ブランドのチョコレートを持ってきていたが、ラッピングがシックで高級感を醸し出していた。
「ふたば、それ高かったんじゃないか?」
「まあなー。せっかくのパーティなんだし、奮発したぞ!」
「美味しそうですね〜。どんなお味なんでしょうか?」
「いこの達の作ったケーキも美味そうだなぁ」
「けやきさんと一緒に作ったんです。このケーキの装飾はけやきさんがやったんですよ」
「へぇ!可愛い!けやきちゃん凄い!」
「そ、そんな、大したことない」
頬を赤くしながら答えるけやき。
「さ、チョコはデザートにとっておいて、締めの雑炊を作るのです!私は、お米を取ってくるのです!」
「あ、ナツ!立ったついでにジュース持ってきてくれよ」
「ええ〜…自分で行ってくださいよ〜」
「あら?ジュース、もうないですね」
「うへぇ…買いに行くのですかぁ…」
「頼むよ、ナツ〜」
「はいはい、分かったのです…買いに行ってくるのです…」
あからさまに不満を示し、ナツは渋々ジュースを買いに行くことになった。
ナツが席を外している間に悲劇が起こるとも知らずに…。
******************
「先生!先生!先生ー!」
理科準備室に血相を変えたナツが飛び込んできた。
「うるさいな、何だよ?つーか、電話すればいいだろ」
「あ、そっか…じゃない!大変なのです!みんなが!みんなが!……?何かお魚が焼ける匂いがするのです」
ナツが風守の机に視線を向けるとアルコールランプの火がメラメラと燃えており、三脚台に乗せられた金網にはめざしが三匹乗っかっていた。
「げ…先生、実験器具で何してるのですか?」
「何?って、めざし焼いてんだけど」
「それは見ればわかるのです!実験器具で料理とか気分悪くならないのですか!?」
「別に〜。いいじゃん、これで調理できるんだから。わざわざ給湯室に行くのも面倒だし。ほら、廊下寒いし」
「それ、食べて大丈夫なのですか!?」
「火を通してるし問題ない。何ならコーヒーもビーカーで沸かしている。ここならうちのガス代も節約できるしな」
風守の奇行に空いた口が塞がらないナツだったが、何とか正気を取り戻し本題を告げる。
「って、こんなこと話してる場合じゃないのです!みんなが大変なのです!早く一緒に来るのです!」
「はいはい…。行けばいいんでしょ、行けば!」
風守はアルコールランプの火を消すと焼きたてのめざしを咥えながら嫌々ナツについていった。
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ナツ達が部室に着くとそこは惨憺たる状況だった。
部室には異様な臭気が漂い、部室に残った5人の様子はおかしくなっていた。
「キャハハ!こむぎー、ほれ!もっと食えー」
「うわ〜ん!もう食べれないよ〜とあちゃ〜ん!」
「……いこの〜どこ〜?」
「にゃははは!けやき、ゴミ箱かぶって何やってんだ〜?ひっく…」
「あらぁ?先生、もういらっしゃったんですかぁー?雑炊残ってますよぉ?食べさせてあげましょうかぁ?」
とあはケラケラ笑いながらこむぎを弄り、弄られるこむぎはビービー泣き喚き、けやきはゴミ箱を被りながら部室をふらふら、ふたばは、そんなけやきを見ながらジュースのペットボトルを抱え笑い転げ、いこのは制服の襟を緩めながら虚な目で雑炊を食べさせようとする。
「バカ!俺は二次元にしか興味ねえ!三次元にいい思い出はねえんだ!……って違う!やめろ!」
「先生、何とかしてほしいのです!何か変なセリフも聞こえた気がしますが…先生しか頼れないのです!」
「何とかして欲しけりゃ、まずは鈴ヶ森を取り押さえろ!つーか、あちいんだよ!顔にレンゲ押し付けんな!」
「わわわ、分かったのです!」
ナツは慌てていこのを取り押さえる。
「あらぁ?ナツさん戻ったんですねぇ〜。ナツさんも召し上がってください。はい、あ〜ん」
「そ、そんな変な色した雑炊食べれないのですぅ〜!うわ!くっさ!先生ー!」
ナツの悲鳴にも似た叫びを背後に受けながら、風守は部室の窓を全開にした。
すると、冬の冷たい風が部室に吹き込んでくる。
部室に充満した異様な臭気も徐々に外へ流れていくと同時に5人も落ち着きを取り戻し始めた。
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なぜボートレース部にこんな悲劇が起こったのか。
それは持ち寄ったチョコが原因だった。
「ナツが帰ってくるまで雑炊はお預けだし、何か口寂しいな」
「せっかくだし、ちょっとチョコ食べようよ」
「こむぎ、ナツが帰ってきたら怒られるぞ」
「でも、とあちゃんも食べたいでしょ?」
咳払いで誤魔化すとあ。
「じゃ、決まりだな!あたしが買ってきたチョコ、みんな気になるだろ?食べようぜ〜」
ふたばは、自分が選んだチョコを開封すると一粒口に含んでみた。
「お?何か変わった味だな…。でも、何かクセになる」
そう言うとふたばは、もう一粒口に運ぶ。
「どれどれ〜」
「私もいただきます」
「…いただきます」
「あ…わ、私も…ひとつだけ」
4人もふたばの反応が気になるのか全員がチョコを口にする。
この一粒が全ての元凶となった。
「んにゃ?何か頭がポーッとしてきたぞ…」
「ふたば、顔が赤いぞ?キャハハ!」
「…いこのが2人?」
「あれ?何か急に悲しい気分に…」
「ふぅ〜…何だか体が熱くなってきましたぁ…」
ふたばが買ってきたチョコ。それはブランデー入りのチョコレートで、5人は最初の一口は、その味に違和感を覚えたものの、絶妙に後を引くチョコについつい手が伸び、全員が酔っ払ってしまったというわけだ。
部室に充満した異様な臭気は、酔っ払って悪ノリしたとあとふたばが、チョコを鍋に投入したことで危険物が出来上がったことによるものだった。
「流石の俺も引くぞ…。つーか、ブランデー入りのチョコなんて何で買えたんだよ?」
「にゃはは〜…私服で買いに行ったからかな〜?ひっく…気持ちわるぅ…」
「私がいない隙にチョコを食べた罰なのです!」
「面目ない…ひっく…」
「……何で先生が2人いるの?」
「え〜ん…ごめんなさ〜い。ひっく…」
「はぁ…何て破廉恥なことをしてしまったのでしょうか…」
己の行いを恥じる5人。
「まったく…お前ら将来、気をつけろよ…」
頭を抱えながら風守が苦言を呈する。
「そうなのです!これから食事するときは私に従ってもらうのです!」
ナツはそう言い放ちながら手近にあったチョコを口に運ぶ。
「あ、そ、それは…」
その様子を見ていたとあが止めようとしたが時既に遅く、チョコはナツの胃袋に運ばれた後だった。
「ま…まさか…今食ったやつって…」
「せ…先生の思っている通りです」
ナツ以外の顔が青ざめていく。対するナツの顔は赤く染まりプルプルと体を震わせる。
「お、おい、大丈夫か?吐き出せ。そいつはお前には早い」
「……」
風守の呼びかけにナツは返事をしない。
しばらくするとクワっと目を見開き口を開いた。
「ううぅぅ!みーんな私の言うこと聞かないからこんなことになったのですよー!」
ナツの変貌に驚く6人。
「な、何かキャラ違くない!?」
「ナッちゃん!落ち着いて!」
「ナツ、謝るから落ち着いてくれ!」
「……ナツが二重に見える」
「ナツさん!まずは話し合いましょう」
こむぎ達はナツの変貌に慌てふためきながら宥めようとする。
「うるさいのです!全員そこになおれー!何してるのです!先生もですよ」
ギョッとして風守も含めた部員達はナツの前に座らされた。
「ダメだこりゃ…。全員、将来が心配だ」
「え〜ん!先生何とかしてよー!」
「部長の私でもどうにもできません。先生お力を貸してください」
こむぎといこのが風守に小声で助けを求める
「そこ!何を喋ってるのです!人の話は黙って聞くのです!」
「はい!」
ナツの注意を受けた2人はビクッと体を震わせ口をつぐむ。
「な?どうしようもないでしょうが…こう言うのは嵐が過ぎ去るのを待つしかないんだよ」
「キモオタ教師!静かにするのです!」
「……はい」
ナツの説教は1時間にも及び、喋り疲れたナツは眠ってしまった。
「うえ…気持ち悪い」
「頭痛が…」
「はぁ…まだ頭がぼーっとする」
「…私も」
「ふらふらします…」
5人は罰として生み出してしまった危険物の処理を命じられ、重い体を引きずりながら後片付けをする羽目になった。
しばらく練習を実施できなくなったのは言うまでもない。
以上が、ボートレース部に最大の危機をもたらした『海月女子学園ボートレース部壊滅事件』の顛末である。
この事件から数少ない教訓を見出すとするなら以下の一言に尽きるだろう。
食べ物は粗末にしてはいけません。
合掌。
小説家
???
イラストレーター