SEASON3
SEASON3
#4 RACE
文化祭を翌々日に控え、校内は準備に追われる生徒が慌ただしく作業している。
学園全体が文化祭仕様に彩られ、生徒達の心も浮き足立っているようだ。
翌日は、授業を休止し1日中文化祭準備を行うことになっていることもそれを助長しているのであろう。
ボートレース部は、各々、ボートのカウルとヘルメットにパーソナルマークを施し、準備を終えたところだった。
整備棟でカウルのペイントを終え、全員が安堵の表情を浮かべていた。
「やったー!できたー!」
カウルにパーソナルマークのペイントを施しただけなのに、いつものボートが輝いて見える。
整備台には6つのヘルメットも新品同様に磨き上げられ、整列している。
「こむぎが余計なことしなければ、もっと早くできてたんだがな」
「うぇっ…とあちゃん、まだそれ言う?」
「当たり前だ。お陰で私の作業が増えて、今日もクラスの出し物の準備に出れなくなったんだ。だいたい、塗料の乾いてないカウルに頬擦りするやつがあるか」
「だってぇ…嬉しかったんだもん…」
口を尖らせて、こむぎが不満そうに答える。
「にゃはは!こむぎ塗料でベッタリだったもんな!」
こむぎは、カウルにペイントされたパーソナルマークに感激して、ボートに抱きついたのだった。
もちろん乾ききっていない塗料はこむぎの顔や服をベタベタにし、描かれていたクジラのパーソナルマークはものの見事に不細工なクジラに変わり果てた。
それから復旧作業が始まり、19時近くまで作業が延長し、クラスの出し物の準備に大した時間を割けなくなってしまったのだ。
「うふふ…こむぎさんは、本当にボートレースが好きなんですね」
いこのが優しい微笑みをこむぎに向ける。
「いこの先輩、ごめんなさい!私のせいで…」
「いいんですよ、こむぎさん。私のクラスの準備はだいたい終わっていますし、明日1日で準備も終わるってクラスメイトから連絡がありましたから」
「うちのクラスも大体終わってるそうなのです!」
「問題ない…」
こむぎと同じクラスのけやきとナツが現状を報告した。
「あぁ〜よかった」
ほっと胸を撫で下ろすこむぎだが、とあとふたばのクラスは、そうはいかないようで…。
「よかった!じゃない!うちのクラスは、まだ準備が終わってないんだ!」
「うわーん!ごめんて、とあちゃん!」
怒りの収まらないとあがこむぎを追いかけ回す様を他所にナツがふたばに問う。
「で、結局、ふたば先輩達のクラスは何をやるのです?」
「んにゃ?うちか?…お化け屋敷」
「ぷっ…」
傍で会話を聞いていたけやきが思わず吹き出した。
いこのも、手で口を覆い笑いを堪えている。
「つまり、あれは八つ当たりも含まれているのですね」
「そうゆーこと」
くすくすと笑いを堪えながら、いこのが騒ぎ続けている2人に声をかけた。
「ふふっ!とあさん、こむぎさん!私達の準備は終わりましたし、今日は解散しましょう」
「はっ!そうだ!ふたば、クラスに戻るぞ!」
「へいへい」
とあはふたばを引き連れて自分のクラスに戻っていく。
「お化けが苦手なのに、クラスの出し物がお化け屋敷なんて可哀想ですね」
「あんなに嫌いなんだからサボっちゃえばいいのに…」
「とあちゃん、真面目だから。苦手なものだとしてもちゃんとしたいんだと思うよ」
「さ、皆さん、明日は本番に向けて最終チェックです!帰れる人はこれで帰りましょ」
いこのの声掛けで4人は帰途につく事になった。
帰りの校門までの道中には、下校時間ギリギリまで作業に勤しむ生徒がまだ大勢いる。
校舎を出て、校庭に出ると数人の男性教員に混じって、風守が校門に備え付けるアーチを作成していた。
「あ、お疲れ様でーす」
「ん?お前ら帰るのか?」
「はい。カウルとヘルメットの塗装も終わりましたので」
「くそっ!俺も帰りたい!というか、俺の場合、家を出たくないまである」
「はいはい」
4人は、金槌を手にし地面に跪いて作業する風守を白い目で見下ろしている。
「珍しく仕事をしていると思っても、やっぱり根っこは腐ってるのです」
「うるせぇ、俺の本業は自宅警備員なんだよ。教師は副業だ」
「ちょっと何言ってるか分からないです」
こむぎは、感情を込めることなく風守の言葉を流し去っていく。
「おい、俺のセリフを無に帰し、流水の如く薙ぎ払うんじゃねえよ」
「いや、本当に何言ってるのか分からないです」
こむぎは無表情になり、さらに冷たい声音で続けた。
「あ、そういうの知ってるぞ。女が本気で拒絶するときの顔だ。すごく怖いからやめてね。死にたくなるから」
「少なくとも、今のは先生が悪いのではないかと…。それにしても、遅くまで大変ですね。お手伝いしましょうか?」
いこのが苦笑いを浮かべながら、支援を申し出る。
「女の子が夜遅くまで出歩くんじゃありません」
「でも、先生、明日までにできるの?」
「さあね。俺は全体のことはわからん。うちは女子校だから、男手が少ないし、こういう力仕事は遅れてるんじゃないの?男どもは、自分の担当業務以外にもこき使われてるからな。ざまぁないぜ。せいぜい普段の俺の苦しみを味わえ」
風守は、作業に戻りながら答えた。
その発言に引きつつ、けやきが質問する。
「で、先生の担当は?」
「雑務全般。俺のチームだけ最初から仕事の範疇が曖昧なのが気に食わん…」
「似合いますね」
けやきがポツリと呟く。
「喧嘩売っとんのか?いいから帰れよ。大森と京浜も終わったみたいだぞ」
風守は、校舎から出てきたとあとふたばの姿を見つけるとベニヤ板に釘を打ち込みながら帰宅を促した。
「はーい。じゃ、先生がんばってね〜」
こむぎ達は、風守に別れを告げると、校門を出ていく。
「風守先生、急がないと帰れないよ?」
風守のプロジェクトチームメンバーの1人である数学教師が声をかける。
3年の数学を担当している辻という教師だ。
「へいへい。わかってるって…」
辻の方に顔を向け、よそ見していた風守の親指に金槌が振り下ろされる。
「いってぇぇー!」
夕闇に包まれた校庭に惨めな男の悲鳴が木霊した。
**************
文化祭当日。
昨日は1日を費やして文化祭準備を行い、何とか今日に漕ぎ着けた。
生徒達も準備に追われていたはずだが、若さの為せる技か疲労を感じさせる者はいない。
校内は文化祭らしく彩られ、様々な店が出店したり、いつもの教室も喫茶店やらお化け屋敷やらに変身している。
近隣住民や入学希望者などが訪れ、海月女子学園の文化祭は大盛況だ。
そうこうしている内に、ボートレース部のレースの時間がやってきた。
部員はピットに集合し、レースの準備に取り掛かる
鈴ヶ森財閥の支援もあり、レースの景品も用意できた。
その景品を仕分けしているのは、徹夜明けの風守だ。
作者同様、目の下にはクマを作り、虚な目で作業を続ける。
社畜ここに極まれり、まさに生ける屍。
校内で文化祭を盛り上げる生徒とは対照的だ。
「先生、お客さんが来るんだからもう少しシャキッとしてよ」
「……あ?ああ…善処する…」
いつもならこむぎ達が不満を言えば、どうしようもない御託を並べる風守だが、今日はその気力も残っていないらしい。
「う、うん、できる限り頑張ってね…」
流石のこむぎもそれ以上は、皮肉を言うことはできなかった。
「……ま、せっかくのお祭りなんだ。うまく走ろうとか考えず、今を楽しめや。お前は、変に力むとロクなことにならないからな」
「え?う、うん。急にどうしたの?先生?」
「別に…。人間、好きな物を極めた奴がすごい奴になるんだよ。何かのアニメでも言ってた」
「はぁ…またアニメの話?でも、それは納得できるかも。ワクワクしてきた!じゃ、行ってくるね!」
そう言うと、こむぎは風守に背を向けて去っていく。
「…なぁに偉そうなこと言ってんだ、俺は…」
景品の仕分け作業に戻りながら、そう呟いた。
『これより、ボートレース部による海月女子学園特別競走を開催いたします。1着を当てた方には豪華景品のプレゼントもあります。皆様、お誘い合わせの上、ぜひご観覧ください』
文化祭実行委員の校内放送が入り、ボートレース部の出し物が開始することを告げる。
6人は、ボートに乗り込みレース開始を待つ。
水面脇の観覧スペースは、クラスの仕事の合間に景品目当てでやってきた生徒と近隣住民や校内見学に来た中学生でそれなりに埋まってきていた。
『さぁ、始まりました!海月女子学園ボートレース部特別競走が始まります!見事1着を当てたお客様には豪華景品が!さて、誰がこの競走を制するのか!皆様、投票時間はあとわずかです!まだ、投票がお済みでない方はお急ぎください!』
文化祭実行委員による実況が始まり、観覧スペースは俄かに盛り上がりを見せ始める。
『只今の時刻をもちまして、投票を締め切りました。これよりレースを開始します!』
枠番は、分かり易いように部員それぞれのパーソナルカラーによって決められた。
1コース平和島こむぎ、2コース大森とあ、3コース京浜ふたば、4コース大國けやき、5コース鈴ヶ森いこの、6コース昭和島ナツ。
出走ランプが輝き、全員がピットアウト。
コース取りは枠番通り。
外枠からスタートタイミングに合わせて、ダッシュスタート。
内枠の艇もタイミングを見て、アクセルレバーを握り込んだ。
全艇スタート正常。
1ターンマークに向けて、全艇が全速力で突っ込む。
「こむぎ、いっきまーす!」
「させるか!」
「1位はあたしだ〜!」
「……」
「捲ってみせます!」
「負けないのです!」
1マークを旋回したとき、3艇が前に出る。
その3艇はこむぎ、とあ、けやき。
しかし、残りの3艇との差はわずか。
向正面の直線に差し掛かったこむぎは、旋回の際に緩めたアクセルレバーを思い切り握りこむ。
体勢を低くし、空気抵抗をできる限り小さくした。
「いつもと感覚が違う。何だろう…」
アクセルレバーに込めた拳の力に比例するようにボートが加速していった。
「何か、良くわからないけど、いける気がする!」
こむぎの想いに応えるようにボートがさらに加速する。
2マークに差し掛かる頃には、こむぎがトップに立ち、そのまま華麗なモンキーターンを決める。
2周目に入り、こむぎの後に続くのは、けやきととあだ。
2着争いを続けながら追随してくる。
しかし、こむぎに追いつくことは叶わず、2周目の向正面で2艇身ほど差がひらいていた。
2周目、2マークで2着はけやきに軍配が上がり、そのままゴールとなった。
1着こむぎ、2着けやき、3着とあ、4着僅差でふたば、5着いこの、6着ナツ。
観覧席からは歓喜と悔恨が入り混じった歓声が上がっていた。
**************
ピットに戻った6人はこむぎのもとに駆け寄りながら、こむぎの快挙を讃える
「こむぎさん!すごかったです!」
「一体、どうしたんだ?こむぎ!」
「全然、追いつけなかったぞ〜」
「今までのこむぎさんとは違ったのです!」
「ターンも綺麗にできてた。落とすスピードも最小限だった。なかなかできる事じゃない」
ヘルメットを外しながら、こむぎは満面の笑顔で応じる。
「何かよく分からないけど、結果を気にせず、思いっきり楽しもうと思ったら、ボートが答えてくれたんだ!すごく楽しかった!」
「この走りができれば、全国大会でもいい結果が残せるかもしれないぞ!」
「いい結果じゃなくて、私達が目指すのは優勝ですよ!」
「全く、こむぎはすぐに調子に乗るんだから」
こむぎの強気の発言にとあが、笑顔を浮かべながら嗜める。
「うふふ…でも、この調子で行けば、本当に優勝も夢じゃないかもしれませんね。皆さん、これまで以上のいい走りができてたと思います」
「私も一番いい走りができた気がするのです!」
「お客さんも楽しんでるみたい」
「じゃ、こむぎの初勝利を祝ってアレをみんなに見せるか」
「あれ?」
「水神祭だ〜!」
**************
こむぎの水神祭に盛り上がる観覧席。
観覧席の入り口の受付で風守は遠目にこむぎがダイブした水面を見つめていた。
「やれやれ…。本当にいい結果を出しやがった。あいつら」
鈴ヶ森財閥から提供された計測機器に視線を戻しながら、ボソリと呟く。
「本当にとんでもねえ奴らだな、うちの部員は…。少しは見習わんとな、俺も…」
計測機器は、6人の最速タイムを記録していた。
パイプ椅子の背もたれに体を預け、虚な目で空を仰いでいると女性から声がかけられる。
「あの〜ボートレース部の顧問の先生ですか?」
「え?ええ、まあ…」
驚きながら背筋を伸ばして対応すると女性から思いがけない言葉が発せられた。
「先生にお願いがあるんですけど、聞いてもらえます?」
「は?」
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