SEASON3

STORY #1

#1 RACE

みつごころ

  • 栗早家鷹
  • やとみ

夏休みも終わり9月に入ったというのに残暑というには厳しすぎる暑さが続いていた。海月女子学園ボートレース部は、夏の地区大会の優勝は逃したものの廃部を免れ、全国大会に向けて今日も練習に励んでいる。

「行っくよー!今日は負けないからね!とあちゃん!」

「ふふ…こむぎ、そう簡単には行かないぞ」

「とあ、私もいることを忘れるなよぉ!」

こむぎ、とあ、ふたばの3人は水面に出て模擬戦を行っていた。

「あー!こむぎさん!そんなスピード出したら!」

「…フライング」

「ほらぁ…言わんこっちゃないのですぅ…」

けやきとナツは、ピットに残り、スタートタイミングを判定する役割だ。

「はぁ…」

そんな5人をよそに部長のいこのは、深い溜息を吐きながら暗い面持ちでペラを叩いていた。ボーッとしている時間が長いようだが…。

「やれやれ…また面倒ごと押し付けやがって、あの狸親父」

いつものように愚痴を吐きながらピットにやってきたのは、顧問の風守だ。

「お、やっとるな」

「あ、先生、また終わる頃に来て」

3人はボートをピットに戻し、風守を見つけたこむぎがぼやく。

「先生は一応顧問なんですから、部活動に顔を出すのが普通なんじゃないですか?」

「顧問なのにボートの知識ないけどにゃ。へへへ」

「うるせ、俺はエコで地球環境に優しい省エネ人間なんだよ…。それと大森、“一応”って枕詞が余計だ。これでも、SNSの更新や広報活動で嫌でもボートの知識はついてるし、2学期は色々イベント事が多くて大変なの」

痛いところを突かれた風守は忌々しげに答える。

「どっちにしろ、部活動に顔を出してくれない時点で顧問としての資質は疑わしいのです」

「先生、何か用?」

話題を軌道修正するけやき。

「ああ、そうだった。2学期はみんな大好き文化祭があるだろ?そんで、クラスの催し物は当然のことながら、各部活動としても参加出来るんだが、我が部も何かやれと偉い人がうるさいのよ。そもそも部としては自由参加な訳だし、俺は当然断るつもりだったんだが…」

「当然断るつもりだったんだ…」

こむぎが呆れながら答えた。

「まあ…風守先生らしいな」

とあもこむぎと同様、呆れ返っている。

「先生は、日頃の行いが悪いからなぁ。恨まれてるんじゃないかぁ?」

ふたばが、ニヤニヤ笑いながら風守をなじった。

「で、私達は何をすればいいのです?」

「それを考えるのが君達の仕事でしょ。…ん?そういや、部長はどうしたの?」

部のまとめ役のいこのは、ペラ叩き用のハンマーを持ちながら呆けたままだ。

「部長!聞いてた?」

「え!?何ですか!?先生!?いたんですか!?」

「残念ながらいたの。明日以降でいいから文化祭の出し物考えてね。で、今日はもう下校時刻だから帰ってね」

「は、はい!それでは、皆さん、今日はこれでお終いにしましょう。また明日」

そう言うといこのは、そそくさと帰り支度を済ませ、ピットを去ってしまった。

「最近、いこの先輩、様子がおかしいんだよね…」

「そうだな…。ボーッとしてることも多いし」

「腹が減ってるだけじゃないのかぁ?」

「ふたば先輩じゃないんだから、あり得ないのです」

「いこの…最近、休みの日もよく出かけてるみたい…」

5人が最近のいこのの様子を案じていると風守が場の空気を一変させる。

「あいつ、男でも出来たんじゃないの?」

「えぇーーー!」

驚く5人。

「俺、見かけたんだよ。夏休みの終わり頃に海浜公園を男と二人で歩ってんの」

「うわぁ!で、どんな人だったんですか!?」

こむぎが興味津々で訪ねた。

「国立大附属高校の制服来てて…忌々しいことに超がつくほどのイケメンだったな」

「高校生に嫉妬しないでくださいよ…」

とあは頭を抱えている。

「いこのも隅に置けないな。にゃはは」

「本当、そうなのです!幸せそうでいいなぁ」

ふたばとナツは顔を見合わせてはしゃいでいる。この年頃の女子にとって、大好物な話題であろう。

一方、けやきは複雑な心境のようだ。

「でも、最近のいこの…暗い顔の方が多い…」

「ふうん…。上手くいってないのかね?ま、大いに青春すればいいんじゃないの?俺の辞書に青春の文字はないが」

「あらら?もしかして先生…付き合ったことないのですか?」

ナツが憎たらしい笑顔を向けながら風守に問う。

「ナツ!そんな質問、先生にしちゃダメだぞ!死んじゃうぞ!にゃはははは!」

高笑いするふたば。

「バッカ、お前!これでも、付き合ってくれた人はいるんだよ。ま、お互いを知れば知るほど分かり合えないことが分かって、相手に愛想尽かれてサヨナラしたけどな。で、その後に付き合った人には裏切られたり…まあ、向こうは裏切ったつもりなんてないんだろうけど…」

ぶつぶつと過去の恋愛遍歴を語り続ける風守。トラウマスイッチがオンになったらしい。

「ナッちゃん…変なスイッチ押さないでよ…」

「ごめんなさいなのです…」

「この人、まだぶつぶつ言ってる…」

「にゃは、にゃははははは!」

ふたばの高笑いは大爆笑に変わった。

「と、とにかく、今日はお終いだ。帰ろう。もうめんどくさい!」

とあが愛想を尽かし、全員に呼びかけ5人はピットを後にした。トラウマスイッチを押された風守を残して。

**************

下校したいこのは、いそいそと待ち合わせの場所に向かっていた。待ち合わせの時間には、まだ余裕があったが、はやる気持ちが抑えられないのか、だんだんと小走りになっていく。

駅前広場に着くと、帰途に着くサラリーマンや買い物に向かう主婦達の中に、いこのを待つ国立大附属高校の制服に身を包んだ男子生徒が一人立っていた。

「いこの!」

いこのに気づいた男子生徒は、爽やかな笑みを浮かべながらいこのに手を振り叫んだ。

対するいこのは、恥ずかしそうに彼に駆け寄る。

「鹿島くん、恥ずかしいからやめてください」

周りを歩く者たちは、二人の様子を一瞥しながら、行き交っている。

鹿島と呼ばれた男子生徒は、ごめんと謝りはするが、いこのの反応を楽しんでいるかのようだ。

「いいじゃん!誰も気にしてないよ。じゃ行こっか」

「はい」

鹿島がそう言うと二人は、駅近くのショッピングモールに歩を進めていった。

「おお〜!デートだ〜!」

「ふたば先輩、いいのですか?こんなことして…」

「趣味が悪いぞ、ふたば」

「何か悪いことしてる気分…」

「何だよ〜、じゃあ帰ればいいだろ〜。なあ、こむぎ?」

「え!?うん。えへへ…。彼、かっこいいですね〜」

ビルの柱の裏側から5人が顔を覗かせ、こむぎがうっとりしながら答える。

5人は部活が終わった後、こっそりいこのをつけていたのだ。

「お?カフェに入るぞ!追いかけよう!」

ふたばは、ノリノリでいこの達の後を追っていく。4人もふたばを放っておけないのかそれに続いた。

**************

「この前の話、考えてくれた?」

「え?あ、はい…」

カップを戻しながら、いこのは曖昧な返事をする。

ショッピングモール内のカフェの向かい側にある本屋では、カフェの様子をこむぎ達が伺っていた。

「じゃあ、部活の件もいいよね?」

「そ…それは…」

鹿島から目線を外し、カップに残った紅茶に映る自分を見つめるいこの。

「いこの!」

「もう少し考えさせてくれませんか?私、部長なんです…」

「危険なスポーツをしている君の事を考えると俺は気が気じゃないんだ。それに話を聞く限り、今の顧問の下で部活を続けていけるのかい?」

鹿島の質問に返答を返せず、再びいこのは俯く。

「分かった。じゃあ、もう少し待つよ。俺の気持ちに応えてくれるって信じてる。今日は帰ろう」

「ごめんなさい…」

二人は席を立つと、カフェの前で別れた。鹿島はいこのに手を振り足早に去っていく。

いこのは反対方向にとぼとぼと歩き出す

「あ!別れたぞ!」

「ふたば、押すな!」

「ふたば先輩、痛いのです!」

「とあちゃん、ナッちゃん!声が大きいよ!バレちゃうよ!」

「もうバレてる…」

5人といこのの目があった。

「み…みなさん!?」

**************

合流したいこのを加え、海浜公園を歩く6人。

「いこの…さっきの人って…」

最初に口を開いたのはけやきだ。

「けやきさん…。彼は…鹿島君です。彼のご両親は、父の会社とお付き合いがある企業の社長さんで、中学時代の同級生です…」

「へえ〜、で、どこまで進んでるんだ?」

ふたばがニヤニヤしながら、二人の進捗状況を問う。

「えっと…どこまでって…」

いこのの頬がポッと赤くなり、両手で頬を抑えた。

「…い、今は、まだお付き合いはしてません…」

にゃはは、と笑いながらはしゃぐふたば。

「こ、告白はしていただいたんですが…」

うわぁ!とか、やだ〜!とかの歓声をこむぎ、ふたば、ナツが上げている一方、とあとけやきは真顔のままだ。

「3人とも、そうはしゃぐな」

「え?なんで?良いことじゃない?」

不思議そうな顔をしているこむぎにとあが、耳を貸せ、というように小さく手招きした。

「こむぎ、さっきの店から出てきた時のいこのを見ただろう。少なくとも今は上手くいってなさそうだ」

あっ!と状況を察したこむぎは、口の前に手を持ってきて、それ以上声が漏れないように口を押さえた。

「二人とも、その辺にしておけ。いこのの話には続きがありそうだ」

とあがはしゃぎ続けるふたばとナツを諌めた。

「とあさん、ありがとうございます…。実は…」

いこのはゆっくりと話し始めた。地区大会以降、部長としてやっていけるか不安で、それを支えてくれたのが鹿島であること。現在、鹿島から交際を申し込まれていて、交際するにはボートレース部をやめてほしいと言われていること。いこのは、鹿島の気持ちは嬉しいが、ボートレースを天秤に掛けられ悩んでいた。

「いこの先輩、すみませんでした」

「よく知りもしないで悪かったな…」

「ごめんなさいなのです…」

はしゃいでいた3人が口々に謝罪する。

「いえ、そんな謝ることなんてありませんよ…。私も皆さんに隠し事をしていましたし」

「いこの、話してくれてありがとう…。それで…いこのは、どうするの?」

けやきは真剣な顔で確信をつく質問を続けた。

「わ、私は…」

口ごもるいこのの様子を見て、とあが、ふぅ…と短く息を吐いた。

「今日は、もう遅い。明日、みんなで話あおう」

**************

翌日、ボートレース部の部室では、全員が深刻な顔でいこのの進退を話し合っていた。

「皆さん、私が優柔不断なばっかりに…。ごめんなさい」

未だ解決策は出ずにいる。

沈黙が支配する部室の扉が突然開く。

「あー、文化祭の件どうなった〜?」

タイミング悪く風守が入室。全員が風守を無視する。

「えーっと…俺、何か悪いことした?」

「タイミングの問題です」

とあが、額に手を添え答えた。

「いこの先輩が部活を辞めちゃうかもしれないのです!先生なんかに構ってられないのです!」

「ナッちゃん!ダメ!」

慌ててナツの口を塞ぐこむぎ。

口を塞がれたナツは、口をモゴモゴさせながら『ごめんなさい』と言っているようだ。

「辞める?部長、そうなの?」

「い、いや…その…」

口ごもるいこの。

「ほーん、なるほどね。だいたい分かった。そういう事は部長自身が決めるしかないんじゃないの?誰かに言われて決めた事なんて、後悔の種にしかならないよ。ま、俺の経験上だけどな」

「いこのは悩んでる…。何とか力になりたい」

「他人が介入して解決することもあるんだが、そうじゃないこともあるんだよなぁ…」

「でも…このままじゃ!」

けやきの言葉を遮るようにいこのが席を立った。

「先生のおっしゃる通りです。これは、私の問題です。皆さん、ご心配お掛けして申し訳ありません!私、きちんと話してきます!」

「いこの!」

部室を出て行ったいこのに続いて、ふたばが席を立つ。

「ふたば、待て!」

いこのを追いかけようとするふたばの手をとあがつかんだ。

「何でだよ!?いこのが心配じゃないのかよ!?」

「…実は、私も風守先生と同意見だ」

「いつからそんなに薄情になったんだよ、とあ!」

「私だって心配だ!だけど、今回の件は…いこのが決めなきゃいけない気がするんだ。私達がどうこう言ってもいこのが苦しむだけだ」

とあの真剣な態度にいこのの追跡を断念するふたば。

ふう…っとため息を吐くと風守が部室の窓際に移動し、窓の外を眺めながら口を開いた。

「まあ、お前らが話を聞くことで、あいつが一歩踏み出すきっかけになったってことでいいんじゃないの?いつからあいつが悩んでるかなんて知らんけど、少なくとも状況は動き出したんだ。お前さん達は、あいつが帰って来れる場所として待っててやれよ。それがあいつにしてやれる最善のことなんじゃない?知らんけど」

**************

夕暮れ時、いこのは走っていた。未だ残暑厳しい9月の夕方は蒸し暑く汗が噴き出してくる。鹿島を呼び出し、工場夜景が見える海浜公園のデッキを待ち合わせ場所にした。

地区大会が終わった後、塞ぎ込んでいたいこのが鹿島と再会した場所。真剣に話し合うならここでないといけない気がした。

心臓が飛び出るかと思うくらい、鼓動が速くなる。この暑さの中、疾走していることもあるが、それだけではない。不安や期待が混ざったよく分からない感情のせいもある。

海浜公園の芝生を駆け抜けると工場夜景で有名なデッキが見えてきた。デッキの真ん中には人影がポツンと立っている。

日は対岸の工場の向こう側に傾き、デッキと工場を遮る水面はオレンジ色にキラキラと光り輝いていた。

デッキの上の人影は、いこのに気づくと手を振ってきた。

「いこの!」

デッキ上で鹿島が叫ぶ。

「はぁ…はぁ…」

全力疾走してきたいこのは、返事もままならない。膝に手をつき肩で息をしている。

「そんなに急がなくても俺はいなくならないよ。待ってるから大丈夫さ」

少し鼓動が落ち着いたいこのは乱れた髪を直しつつ、鹿島に対峙する。

「鹿島君、聞いて欲しいことがあります」

「答えを聞かせてくれるんだね」

いこのは無言で頷いた。

二人はデッキに点在するベンチに腰掛ける。地区大会の後、部長としてのアイデンティティを喪失しかけていたいこのが鹿島に再会したのもこのベンチだった。

夕暮れの工場群を眺めながら、いこのは話を切り出した。

「鹿島君、あなたの気持ちはすごく嬉しいです。私なんかを好きになってくれて…」

「じゃあ…」

爽やかな笑顔を向ける鹿島には横顔を向けたままいこのは続けた。

「本当に嬉しいです。でも、私は部活を辞めたくありません」

「なっ…」

「私、やっぱりボートレースを続けたいんです。今のメンバーとボートレースができるのは今しかないから…。それに、今の鹿島君とお付き合いするのは…」

いこのは横目で鹿島の表情を探ろうとしたが、その表情は工場の向こうに沈む夕陽が作る影のせいでよく分からない。

鹿島の方に体を向けていこのは続けた。

「ごめんなさい…。私、今まで色々と考えたんですが、全てを手に入れようなんて、そんな虫のいい事、鹿島君にはお願いできません。私は、今の部で全国大会で優勝したいんです。みんな優柔不断な私を部長として信じてくれています。今日も大事な練習時間を削って、私に時間をくれました。本当に部長らしくない私を見守ってくれてるんです。そんな人達を裏切ることはできません。だから、本当に申し訳ないのですが…」

「俺はいこのが心配なんだ!ボートレースは危険な競技だ!いつ怪我をするか分からない!いこのに何かあったらと思うと、俺は耐えられないんだ!」

いこのが話し終えるのを待てず、鹿島は思いの丈をぶちまける。

「だいたい、今の顧問は色々と問題があるじゃないか。そんな先生の下で全国大会を制する事なんてできるわけないだろ!いこのだって、そいつに傷つけられたんじゃないか!」

「…そう、ですね…。確かに風守先生には酷いことを言われました。でも、あの人を見ていると、私達のことを憎くてあんな事をしているんじゃないと思うんです…」

「何を根拠にそんなことを言ってるんだよ!?」

「なんとなくです。立花先生やけやきさんも同じような事を言ってました。私も最初は信じられませんでした。でも、お二人のお話を聞いて、あの人を見ていると、少し信じても良いんじゃないかって気がするんです。だから、私は今の部活で精一杯頑張って後悔しないようにしたいんです」

いこのが話し終えると夕陽は完全に沈んだらしく、有名になった工場夜景が広がっていた。お互いの顔は、暗闇に溶け込み完全に見えなくなった。この空間で視認できるのは、夜通しついている工場の照明とそれが水面に反射した光のみだ。しばらく、波の音と工場の金属音だけに満たされていた空間に鹿島の声が響いた。

「何だよ…それ。散々、弱音吐いてたのに何でそうなるんだよ。俺は君のことを思って言ってるのに!何で分からないんだよ!君を支えたのは俺だぞ!弱小高校が地区大会で2位になったからって調子に乗るなよ!そんな上手くいくわけないだろ!君は俺の言う通りにすれば良いんだよ!俺と付き合…」

鹿島の言葉は、頬に受けた衝撃で遮られ、その直後、左頬が酷く熱くなった。

「……ごめんなさい。先程も言いましたが、だから今の鹿島君とはお付き合いできないんです…」

ベンチには、左頬を腫らした鹿島が一人残された。

**************

下校時間になり、部室を出た5人はいこのの荷物を持って校門まで歩いてきた。

「いこの…帰ってこなかったな…」

ふたばが、伏し目がちに呟く。

「あっ!あれ見て!」

珍しくけやきが大声で叫んだ。

校門から伸びる道に街灯に照らされたいこのが走ってくる。

「皆さん!すみません!鈴ヶ森いこの、ただいま戻りました!」

「いこの先輩が帰ってきたぁ!」

「信じてたのですぅ!」

帰ってきたいこのに次々と歓声が上がる。

「いこの〜心配したぞ〜」

「ごめんなさい!」

「いこの?…泣いてたのか?」

とあがいこのの涙の痕に気付く。

「あ…これは…」

「いこの、大丈夫?」

「大丈夫です……って言うのは、ちょっと嘘になるかもしれません…」

段々といこのの返事は、勢いを失っていく。

「年下の私が、こんなこと言うの生意気です。でも、言います。一人で抱え込まないで私達を頼ってください。頼りないかもしれないけど…。私達、たった6人しかいないボートレース部じゃないですか」

「私にも少しずつで良いから話し合おうって、いこの言ってた」

こむぎとけやきの言葉にハッとするいこの。

「そう…ですね。お二人の言う通りです。…では、お言葉に甘えて…。皆さん、この後少しお付き合い願えませんか?皆さんにお話したいことが沢山あります」

**************

いこのが全員を連れだって向かったのは、学園の近所にできた鈴ヶ森財閥所有の複合温泉施設だ。

6人は、サウナに入りながらいこのの話を聞いていた。

ボートレースを続ける決心をしたこと、鹿島との別れ、色々なことがあった数時間を包み隠さず話した。

「え!?それで彼をひっぱたいちゃったんですか!?」

「はい!ひっぱたいちゃいました!」

こむぎは、驚きのあまり大声をあげる。

「いこの…思い切ったことをしたな…」

「あたしだったら、多分もっとやってるぞ!」

「ふたば先輩は過激すぎるのです」

「…いこのを怒らせると怖い……あれ?何かぼーっとする…」

「あらあら、けやきさんがのぼせてしまいましたね。そろそろ出ましょうか。次は水風呂ですよ〜」

汗と一緒に心の澱みも排出した6人の表情は明るい。

ここ数日の微妙な雰囲気も払拭できたようだ。

「はぁ〜…ととのったぁ…」

いこのは躊躇なく水風呂に入ると恍惚の表情を浮かべる。残りの5人も水風呂に入るが…。

「冷たーい!」

5人の悲鳴が浴室に木霊した。

**************

「皆さん、ごめんなさい。サウナ後の水風呂にはコツがありまして…」

「いこの…先に言っておいてくれ」

「頼むぞ〜いこの〜、私達はサウナーじゃないんだぞ〜」

「ふふふ…ごめんなさい。でも、すごく楽しかったです!私、スッキリしました!」

「いこの先輩が何かに目覚めたみたいなのです…。私、わざと教えなかったんだと思うのです…」

「でも、よかったじゃん。部長として色々我慢してきたんだよ、いこの先輩。今日は色々発散できたんじゃないかな。ね、けやきちゃん?」

「ふぇ〜…」

のぼせたけやきを気遣いつつ河原の土手を歩きながら帰途につく6人。

と、向かい側から怪しい人影がトボトボと歩いてくる。

「お前ら、こんな時間まで何してんの?」

怪しい人影の正体は家路につく風守だ。

「え!先生!?私、ゾンビかと思った!」

「目が腐ってるからにゃ!」

「おい、本当の事言われると大概人は傷つくんだよ。ちょっとは気を遣えよ」

こむぎとふたばが風守をこき下ろす。

「先生、お疲れ様です!」

「もう大丈夫そうだな」

「皆さんのお陰です!」

「そうですか…」

「先生…私、今回のことで色々学びました。思いやりのつもりでやったことが、時には人を深く傷つけることがあること…信じて見守ってもらうことの大切さ…恐れずに本音をぶつけること…それから」

「あ〜分かった、分かった。それ以上は、消毒されて俺の存在が消えちゃいそうだからやめてね。ま、鈴ヶ森に限らず、お前さん達には、お互いを尊重できる本当の相手が待ってると思うぜ」

風守の気障なセリフにポカンとする6人。

「何?その反応?」

「いや…普段のあなたからは想像もできない事を言うもんですから…」

辛うじてとあが返事を返す。

「何か気持ち悪い…」

のぼせた頭でけやきがとどめを刺した。

「だから、少しは気を遣えよ。作者も俺の立ち位置に苦慮してんだよ」

「…?よく分かりませんが、これからも部長として頑張ります!顧問らしくなるように先生も更生していきますから、覚悟してくださいね!」

「お前、パワーアップしすぎなんじゃないの?スーパーなんとか人なの?」

「パワーアップした鈴ヶ森いこのをお楽しみに!では、私達はこれで失礼します。また明日」

残暑が厳しい9月でも夜は涼しい風が吹き、鈴虫の声が土手の草むらから聞こえる。

少し冷たい風と鈴虫の声が土手を歩く7人の心を穏やかにしてくれている気がした。

みつごころ

STORY

小説家

栗早家鷹

代表作

???

ILLUSTRATION

イラストレーター

やとみ

やとみ

代表作

『ココを異世界とする!』作画 (KADOKAWA)
『異世界で怠惰な田舎ライフ。』1~5巻挿絵(アルファポリス)
『Guardess in Eden』キャラクターデザイン (バンダイ) 他