SEASON2

STORY #9

#9 RACE

落日の疾走

  • 栗早家鷹
  • riritto

準優勝戦が終わり、先ほどまで騒がしかったスタンドは平穏を取り戻しつつある。鮒田女子学園と追川高校にとっては消化試合。2校は、すでに大会への関心を失いつつあり、早々に帰り支度に入ろうとしていた。

対する東川高校は逆転に成功し、ベンチ組の生徒数人と顧問らしき教員のテンションが上がっている。

海月女子学園はというと…。 男2人がスタンドのベンチに座っているのみだ。

「いい勝負でしたね~。風守先生!東川も思い切ったことしますね。不良航法ギリギリだ」

「……」

こんせいそんもテンションが臨界点に達しているようで、風守に大声で声をかけたが、風守は無言でピットの方を見つめたままだ。

「風守先生?」

「あ?ああ、何か言いました?」

「いや、すごかったじゃないですか!今のレース!」

「そうっすねぇ。廃部に一歩近づいたな」

声を裏返し、こんせいそんが問う。

「言ったままの意味ですよ。この大会に優勝できなければ廃部」

狼狽するこんせいそんとは対照的に風守は感情をこめずに淡々と答えた。

「そんな…なんで?」

「ボートレース部は、金食い虫なんでね。しかも、うちの高校は最近、成績悪かったですからね。部員もあいつら6人だけだし」

「はぁ…でも、もったいないですよ。何とかならないんですか?」

「どうですかねぇ…」

風守は相変わらず水面を見つめたまま、興味なさげに返事を返す。

「…でも、まだ優勝戦で逆転のチャンスはあります!」

「やれやれ…。あんた、ホントにボート好きね…」

やっと、こんせいそんの方に顔を向けて返事をした風守は呆れ顔だ。

そこに元気のいい女性の声が響いた。

「そうよ!風守くん!優勝戦があるわ!」

その声の主に気づいた風守は、心底鬱陶しそうな顔になる。

「あー…来たんですか…立花先生…」

「何よ!その顔!失礼ね。私のボートレース部が頑張ってるんだから来るにきまってるでしょ!」

そこに立っていたのは、産休に入った前顧問の立花静香だった。

「お子さん、放っておいていいんですか?」

「旦那に預けてきたわ!」

「立花先生!お世話になっております!」

「こんさん、久しぶり!」

風守とは対照的にこんせいそんの表情は明るい。立花は挨拶もそこそこに風守に対し怒鳴り始める。

「それより、風守くん!こんなところで油売ってないで、早く彼女達のところに行って、激励してきなさい!」

「えぇ~…」

風守は、心底嫌そうな顔でささやかな抵抗を試みる。

「そうですよ、風守先生!きっと彼女達、不安なはずです!早く行ってあげましょう!」

「そんなエクスクラメーションマークたっぷりで言わなくても聞こえてますよ。あいつら、ああ見えて結構ナイーブだから、このレースで負けたことは優勝戦に響くよ、きっと…。絶対めんどくさい…」

「なぁに言ってんの!あなた顧問でしょ!早く行きなさい!」

「やれやれ…」

立花に気圧された風守は、重い腰を上げ胸ポケットから眼鏡を取り出しピットに向かう。

「風守くん!」

ピットに向かおうとする風守の背中に立花が声を掛ける。

「まだ何か?」 

風守は、背中を向けたまま、立花の返答を促す。

「悔しいけど、私はここまで彼女達を連れてこれなかった。ボートレース部を東川と戦えるように育て上げたのはあなたよ。あなたが育てた彼女達を信じなさい」

いつもの立花と違い、その声は柔らかく母親が子供を諭すような声色だった。

「あたしゃ、何もしてませんよ。あいつらには、ただただ嫌みを言ってただけだ。それに…それは風守誠太郎、108の苦手の一つでしてね。…善処しますが」

風守は、独り言に近い声で返答しピットに向かった。

*************

準優勝戦で思わぬ大敗を喫した海月女子学園の6人は暗い面持ちで、控室に揃っていた。

「完全に私たちの負けだ!」

「んにゃあぁ!悔しいけど、やっぱりあいつら強いな…」

「…私も油断してた…ごめん…」

「けやきさん…」

準優勝戦で惨敗した4人は悔しさを滲ませる。こむぎとナツは4人にかける言葉が見つからない。

と、突然控室のドアが開いた。

「よお、完敗だな」

そこに立っていたのは風守だった。

いこのが、風守を睨む。

「…あなた、この状況でよくそんなことが言えますね」

いこのが、怒りを滲ませながら風守に明確な敵意を向けた。

これまでの風守であれば確実に怯んでいただろうが、今回ばかりは通用しないようだ。眼鏡の位置を直しつつ風守は口を開いた。

「てめえの力不足を俺のせいみたいに言ってんじゃねえよ。少しはマシになったかと思えば、やっぱり甘ちゃんのままか?」

「くっ…」

いこのは、風守の鋭い眼光に恐怖を覚え、反撃することができない。

「まったく…これがウチの部長かよ。見損なったぜ。やめちまえよ」

「あんた、それが顧問のかける言葉かよ!」

ふたばが、見かねて援護に入る。

「悪いが、これが俺のやり方でね。痛みも伴わず成長する奴なんかいねえんだよ。ま、痛みを負ってもそれを受け止めて、自分の糧にできなきゃ意味ないけどな。少なくとも今のお前らに成長はないな」

「くそっ!こいつ、やっぱり気に食わねぇ!一発殴らせろ!」

「よせっ!ふたば!」

殴りかかろうとするふたばをとあが制する。

「悔しいが、この人の言うとおりだ…。私たちは負けたんだ。これ以上、こむぎやナツの不安を煽るような態度を続けるのはやめよう」

とあは、こむぎとナツを見やり、全員に諭すように続けた。

部屋の隅で、風守と他の部員のやり取りを憐れむような眼で見つめていたけやきが口を開いた。

「先生、私はあなたがそんな態度を続ける理由がわかる気がする…」

「俺の意思なんて関係ないだろ。今、問題なのは、お前らがここで尻尾を巻いて逃げるか、最後まで諦めないかだ」

けやきを一瞥しながら風守は尚も続けた。

「おい、腰抜け部長。メソメソ泣いてる暇があったら、優勝戦に出る2人のケアくらいしろよ」

「わ…私は…私はできる限りのことをやってます!なんで、そんなに攻めるんですか!?最低です!そもそも、顧問はあなたです!あなたも部に協力してください!」

いこのは、涙をこぼし泣き叫ぶ。

「俺は自分の役割を放棄して周りに押し付ける奴が大嫌いでね!それに『できる限り』なんていう言葉を使うやつに自分の役割を果たせる奴なんていねえんだよ!」

風守が珍しく感情を顕わにしながら怒鳴る。

「それは先生の周りだけなのです!みんな、頑張ってるのです!」

それまで黙っていたナツが必死に反論する。

「仰る通り、俺の周りはそんな奴らばっかりさ。だけどな、自分は頑張ったとか、できることをやったとか言い訳してる奴は、ずっとそのままなんだよ。人は楽な道を選択する生き物だ。それが癖になって、自分でやらなきゃならないことまでも人に押し付けるようになる」

「それは、あんたの偏見だろ!だいたい何でいこのをそんなに攻めるんだよ!?」

ふたばが、こぶしを握り、肩を震わせながら問う。

「こいつは部長だろうが。矢面に立つのは当然だ」

しゃがみ込んで泣いているいこのを指さしながら、風守は答え、溜息をつきながらさらに続けた。

「地区大会はチーム戦だとか言ってたやつがこのザマか…。そもそも、お前ら、やる事の順番間違ってるんじゃないか?」

いこのは、しゃがみこんだまますすり泣いている。

「あのさ、俺は、この部が存続しようが無くなろうがどうでもいいんだよ。お前らが部活をやるって言うから、顧問をやってきたの。それが何だ?作戦が失敗して追い込まれたからって逆切れしてわんわん泣きわめいて。お前らがやらなきゃいけないことは決まってるはずだ。『できる限り』なんて言葉で自分に言い訳するな。優勝するためにそれぞれがすべきことを考えろ。それが先なんじゃないの?」

先ほどよりも口調は穏やかに聞こえるが、風守の目は全員を射竦めるようだった。

唇を噛みながらとあが、風守に問う。

「では、先生は顧問として何をされてきたんですか?私達には、先生が何をされていたのか見えてきません」

「さあね。お前たちが知る必要ないよ」

風守の返事は素っ気ない。そんな風守にふたばは、激高した。

「あんた!偉そうなこと言って、ただ見てただけなんだろ!?ふざけるな!」

ふたばが、風守につかみかかろうとした時、風守の背後からひときわ大きな声が響いた。

「やめなさい!」

その声の主は立花だった。

「まったく…心配になって見に来てみれば何やってるの!風守くんもいい加減にしなさい!」

立花に制止された風守は、続く言葉を飲み、控室の出口に向かい全員に背を向けた。

控室にいる者全員が口を噤み、立花に宥められているいこののすすり泣く声だけが響いている。

しばらくすると、これまで沈黙を守っていたこむぎが口を開いた。

「私は…ボートがやりたくて渚島からでてきた。それなのに、大会に優勝できなきゃ廃部になっちゃって…。私、なんのために島を出てきたのか分からないって思うこともあった。でも、ここまで4か月、みんなと一緒にボートをやってきて、もっと続けたいって気持ちが強くなって…。私、たとえ学園が決めたことだとしても、ボートを続けたい。この6人でやっていきたい」

「この大会で勝ったとしても、来年ボートレース部があるって保証がなくてもか?」

こむぎの言葉に風守が、顔だけを彼女に向けて問いかけた。

「戦いもせずに諦めるよりも…廃部になったとしても…全力を尽くして傷つく方がいい!」

「言うじゃねぇか。俺は口だけの人間は大嫌いでね。大口を叩いたんだからやってみせな」

風守は、そういうと控室から出ていこうとする。

「先生は嫌いなものが多すぎるんじゃないですか?」

「好き嫌いをハッキリさせずになあなあにしてるのもどうかと思うんでね。世間では、それを大人というらしいが」

「じゃあ、私もはっきり言っておきます。先生の事、大っ嫌いです!だから、優勝戦にすべてを賭けます!」

こむぎの言葉を聞き終えると風守は部屋を出ていく。その表情は、はっきりと見えなかったが、こむぎには笑っているように思えた。その笑みは少なくとも嘲笑の類とは少し違って見えた。

*************

立花が介入したことで、ふたばといこのも平静を取り戻し、風守が去った控室は平穏を取り戻していた。

6人は、優勝戦に備えて最後のミーティングを始め、準優勝戦で敗れた4人は、優勝戦に臨むこむぎとナツに東川との戦い方を出来る範囲で伝えた。伝えるといっても、優勝戦に出てくる東川の1号艇の生徒は、こむぎ達と同じ1年生。ほとんどデータはない。

優勝戦の得点は1位25点、2位20点、3位15点、4位10点、5位7点、6位6点。

現在、海月女子学園は91点、対する東川高校は102点。11点の差が重くのしかかる。

「現状、東川との点差は11点。次の優勝戦でこむぎとナツがワンツーフィニッシュを決めなければ廃部だ」

いこのを気遣ってとあが、その場を仕切っていた。

「うーん…厳しい状況だなぁ…。ホントごめんな…」

厳しい現実を再確認し、ふたばは2人に頭を下げた。

「ふたば先輩らしくなのです!私、こむぎさんのさっきの言葉で、目が覚めました!優勝戦も勝ちたいですが、先生にも負けたくないのです!」

ナツが、ふたばを気遣う。

「私達二人で必ず勝ちます!風守先生にも負けません。」

こむぎがそれに続き、優勝戦への決意を新たにする。

「…こむぎさん、ナツさん…ごめんなさい…。ふがいない部長で…。お二人にすべてを背負わせる形になってしまいました…。風守先生にも言われ放題で…」

今度は目を腫らしたいこのがこむぎとナツに深々と頭を下げた。

「そ、そんな!いこの先輩はいつも風守先生と戦ってくれてたじゃないですか!」

「そうなのです!私たちはいこの先輩に守ってもらってるのです」

そんないこのに二人は恐縮しながら答えた。

「…二人ともありがとうございます。…やっぱり、私たちの顧問は立花先生以外いません。先生…早く戻ってきてください!」

「そうです!立花先生の時は、こんなに荒んだ気持ちでボートに乗る事なんてなかった!私達には先生が必要です!」

「やっぱ、ボートも知らない奴が顧問なんておかしいんだよ!」

口々に立花の復帰を望む声があがる。

立花はそれを少し寂しげな目で見つめながら答えた。

「…ありがとう。みんな…」

立花は、それに続けて何かを話そうとしたが、次の言葉がなかなか出てこない。

続いて口を開いたのは意外な人物だった。

「私は…風守先生も顧問だと思ってる…」

けやきは、恐る恐る言葉を発したようだ。

「なんで!?あんな先生のどこが顧問なの!?いこの先輩を泣かせて、ふたば先輩やとあちゃんにも酷いこと言って!」

こむぎは、怒りを露わにしながら問いただした。

「…私が先生だったら、同じことをすると思うから」

「どういうことなのですか?」

ナツが怪訝な顔で尋ねた。

「…時間がなかったんだと思う…。部全体で見たら、とても大会で勝負ができる力はなかった…。私は精神論はきらい…。でも、最初の私達は廃部の件もどこかで誰かが何とかしてくれると思ってたと思う…。赴任してそんなに時間が経ってない風守先生がいくら頑張っても理事長の決定が覆ることはない。新理事長には実績を示さなきゃならない。それをわかってたから、私達に部の存続が掛かってることを伝えたくて、あんな態度で接してたんだと思う。そうでもしなければ、私達が本気でこの問題に向き合うこと出来てたかな…?」

「だからって、人を傷つけるようなやり方、教師のやる事じゃないよ!」

こむぎは、納得がいかないようで声を荒げる。けやきは、それに動じず淡々と続けた。

「私もこむぎたちと一緒にいてそう思う。けど、あの人は私に自分は雛鳥に餌を運ぶ親鳥じゃないって言ってた。それは、私達を雛鳥として見てないってこと…。私達のことを信じようとしてなきゃ、あんなことしないと思う。少なくとも私だったらそう…。人を簡単にまとめるのは敵の存在…」

けやきの言葉にこむぎは、口を噤む。その様子を見て立花が口を開いた。

「彼のことを気にしてくれる生徒がいてよかったわ…。彼ね、色々あって捻くれちゃったの。まあ、もともと捻くれてたのもあるけど…。こむぎさんは、人を傷つけるようなやり方は教師のやる事じゃないって言ったわね。本当にそう。でもね、あなた達が憎くてやってるわけじゃないのよ。彼には口止めされてるから言わないけど、私の依頼を引き受けて、部の存続のために嫌なことをたくさんしてきたと思う。彼は他人に厳しいだけじゃないのよ。自分にはもっと厳しいの。それだけは信じてあげて…」

立花の言葉に6人は黙って耳を傾けた。

けやき以外の5人は腑に落ちない様子だ。それを見て立花は続けた。

「大丈夫!私も今の彼は大嫌いよ。あんな捻くれた男、最低!でも、彼の言ったことは正しいわ。みんな今は自分たちがやらなきゃいけないことを考えて!彼には私から厳しく言っておくわ」

立花の意を汲んでとあが口を開いた。

「分かりました。こむぎ、ナツ、すまないが、優勝戦に向けて私達が助言できることは少ない。だが、今は2人に賭けるしかない!持てる力のすべてを…」

とあが、発破をかけようとすると、横から手が伸びて言葉を遮る。

「とあさん!そういうのは、部長の役目ですよ。持てる力のすべてをぶつけてきてください!」

ようやくいつものいこのが戻ってきたようだ。

「2人とも負けるんじゃないぞー!」

「こむぎ、ナツ、頑張って」

「はい!」

こむぎとナツの返事が控室に響き渡った。

「みんな!今やれることはすべてやったわ!あとは二人に任せましょ。今、私達にできるのは、全力で応援することよ!」

立花の場違いとも思える表情や言葉で4人の表情も少し柔らかくなる。

「そうだな!こむぎ、ナツ頑張れよー!」

「お二人の力を見せてください!」

「二人とも頑張って…」

立花に率いられ、とあ以外の3人は、スタンドに向かう。とあは、しばらくピットに立ち、こむぎとナツの乗艇を見守っていた。

「こむぎ、ナツ、頼んだぞ…」

*************

優勝戦、1号艇は東川高校1年染谷里奈、2号艇平和島こむぎ、3号艇東川高校、4号艇昭和島ナツ、5号艇追川高校、6号艇鮒田女子学園。

こむぎとナツは、今まで以上の緊張感で『出走』ランプの点灯を待つ。

すると、1号艇の里奈がこむぎに声を掛けてきた。

「私、東川高校の染谷里奈、よろしくね!全国大会の出場もほぼ決まったし、お互い適当に頑張ろうよ」

「私達は違う…。優勝できなきゃ廃部なの」

こむぎは、ランプを見つめたまま、返事をする。

「え!?そうなの!?じゃ、可哀そうだけど手加減はしないね。一縷の望みに賭けて頑張る人を潰すの楽しいもん」

里奈は無邪気に笑いながら、辛辣なセリフを吐く。

「絶対に諦めない」

今のこむぎには、里奈の言葉は届いていないようだ。そうこうしているうちに、『出走』ランプが点灯し、全艇一斉にピットアウト。枠なりにスタート位置に着いた。

外枠のナツはダッシュスタートを始める。

「絶対に廃部にはさせないのです!」

アクセルを握りこみ、ナツは上手くスピードに乗れたようだ。

内枠3艇もアクセルを握り、スタートを決める。

1号艇の里奈、2号艇のこむぎ、4号艇のナツが、他艇よりも頭一つ出てスタートを切った。

先に抜けた3艇は全速で1マークに向かう。

1号艇の里奈がターンを決めると2号艇のこむぎはそれに合わせて、ターンを決める。ナツは、1号艇と2号艇とターンマークの隙間を縫うように差しを決めて1マークを曲がり切った。

「絶対に逃がさない!少しでも離されたらおしまいだ」

こむぎは、1号艇に差を付けられないよう必死にアクセルを握りこむ。直線では1号艇と2号艇が時々ぶつかり合いながら、直線を進む。4号艇のナツはその2艇にやや遅れながら、必死に追いすがっていた。

「ここからなのです!」

徐々に2マークが近づいてきた。3艇は、ほぼ横並びでターンの姿勢に入る。

1号艇を中心に、こむぎは捲り、ナツは差しで里奈に追従する。

こむぎが里奈とナツよりもやや早く、2マークを曲がり切った。

「やったぞ!こむぎ!そのまま逃げろー!」

「こむぎさん!ナツさん!頑張って!」

「勝てる…かもしれない」

「こむぎ!」

スタンドの4人も固唾を飲んで、二人を見つめる。

2周目、こむぎがトップに躍り出たが、その差は僅か。すぐ左側には1号艇のボートの舳先が見える。1号艇に並んでナツも必死で食らいついていく。

2周目1マークを曲がり切り、向こう正面の直線でも3艇の一進一退の攻防が繰り広げられていた。

風守は4人とは距離をとり、こんせいそんと一緒にスタンドの端でカメラのシャッターを切り続けている。

「風守先生!凄いレースですね!」

「大口叩いたんだから、あれくらいやってもらわないとね。俺も切り札がなくなっちまう…」

3艇は2マークを周り、3週目に入った。

「負けない!負けたくない!これで決める!」

こむぎは歯を食いしばりながら、3週目に臨む。

「絶対に勝つのです!」

ナツも里奈に必死に追いすがる。

3週目1マークでも決着は着かず、3艇がそのまま直線になだれ込んだ。

向こう正面の直線を並走する3艇。

「あー面白かった。でも、もう飽きちゃったからここでお終いにしよ」

直線の半分に差し掛かったところで里奈はヘルメットの下でつぶやくと、左側を走っているナツのボートに1号艇をぶつける。

「ああっ!」

その衝撃でナツはバランスを崩し、アクセルを握る手が緩み失速。里奈が前に出る。

こむぎはナツが失速したことまで把握していなかったが、1号艇を逃すまいと必死で食らいついた。

3週目2マークに差し掛かったとき、こむぎは里奈を捲って同時にターンを決めたが、ナツは先頭の2艇に遅れてしまう。

「絶対に1着をとる!廃部にさせない!」

「まだ終わりじゃないのです!」

最後の直線でも2人は諦めずに疾走を続ける。

西に落ちた太陽はビルの陰から僅かに顔をのぞかせていた。

オレンジに染まった水面では、先頭グループの2艇とそれにやや遅れた1艇がゴールに向かって疾走していく。

落日とともに優勝戦が終わった。

*************

地区大会が終わって3日後、海月女子学園ボートレース部の部室には、部員6人が揃っていた。しかし、6人も女子が揃っているというのに、部室は沈黙に支配されていた。

「……いこの、片づけを始めよう」

重い空気の中、とあが口を開いた。

「…とあさん…。そう…ですね。皆さん…片づけを始めましょう」

放心状態だったいこのが、全員に声を掛けた。

「ごめんなさい。私のせいで…」

「私が、動揺して失速しなければ…負けてなかったかもしれないのです…」

こむぎとナツは、全員に向かって頭を下げた。この3日間、二人は自室に籠って出てくることはなかった。二人の頬はややこけているようにも見える。

「二人だけのせいじゃないぞ…。私達の力が足りなかったんだ…」

「そう…。二人のせいじゃない。私も油断していた…。二人にすべてを背負わせたのは私のせいでもある」

ふたばとけやきも暗い顔をしながらフォローするが、その効果は皆無に近い。

再び部室には沈黙が訪れ、重苦しい空気が全員を圧迫した。

そんな圧迫感に耐えかねて、一人また一人と部室の片づけを始めたころノックもなく部室の扉が開け放たれた。

そこに立っていたのは風守だった。

「お、全員そろってるな。…ん?お前ら何してんの?」

全員が風守を忌々し気に見つめる。

「まだ怒ってんのかよ。そりゃそうか…」

「何をされに来たんですか?」

怒りを押し殺しながら風守に問ういこの。

「おーこわ…。君たちにお知らせがあります」

「廃部だろ?」

ふたばが、片づけをする手を止めずに答えた。

「ぶぶーっ!」

風守が頬を膨らませながら否定する。その態度に、こむぎとナツが怒りを露わにする。

「なんなのです!?その態度!私達を笑いに来ただけなのですか!?」

「そうだよ!先生、いつもいつも私達をバカにして!教師として最低だよ!」

二人を制しながらとあが風守を睨みながら風守が何をしに来たのか質問した。

「やめろ、二人とも。で、先生の言うお知らせとは?」

「部の存続が決まった」

風守のお知らせに一同が手を止め、しばらく時間が止まったかのように全員が固まっていた。

「えっと…今なんと…?」

とあが再質問をする。

「部の存続が決まった」

風守は同じセリフを繰り返す。

「だって…私達は負けたんですよ?」

いこのも信じられない様子で再確認する。

「そーね。だから俺も大変だったんだよね。少しは感謝してね。つーか、たまには褒めてね」

風守は、淡々と答える。

「先生…ありがとう」

何かを察したのか素直に感謝の意を示すけやき。

「どーいたしまして。一応、決まりだから聞くけど他に質問ある?」

「ええっと…じゃあ、私達ボートが続けられるの?」

まだ状況を飲み込めないこむぎが単純な質問を繰り返す。

「そーね。ま、少なくとも今年度っていう条件付きなんだけどね」

「どういうことなのです?」

ナツは風守の回答を不審に思い真相を確かめる。

「簡単に言うと、地区大会でいい成績を残せたし、SNSも盛り上がって、ボートレース部絡みで入学の問い合わせも増えたし、マスコミにも注目されたから、偉い人がここで廃部にするのは勿体ないと判断したわけ」

「うっわ…それ聞きたくなかったな…」

ふたばはゲンナリといった様子だ。

「でも、あの理事長がそんな簡単に方針を覆すなんて…。先生、何をしたんですか?」

いこのが、真剣な顔で問い詰めた。

「そりゃもう、いろいろやったね。俺は依頼人のためなら手段を選ばないの」

「あなた、まともじゃないですよ…」

とあは呆れ気味だ。

「まともじゃない教師には二種類しかいないんだ。悪党か正義の味方だ。…って誰かがいってた気がする」

「先生は悪党でしょ?」

こむぎが間髪入れずに突っ込みを入れる。

「はいはい、その通り」

「何にせよ、ボートが続けられるんだね!やったー!」

こむぎが歓声を上げると、けやき以外の5人も今までの暗い顔から一転、笑顔になった。

「あーあ、単純で羨ましいね。少しは俺のことも気にしろよ…」

5人の歓声の合間を縫って、けやきは心配そうに別の質問をする。

「先生…先生の立場は大丈夫なの?」

「先生、勘のいいガキは嫌いなの」

「どういうことですか?先生に何かあったんですか?」

いこのがけやきに続いて風守を問い詰める。

「正確にはこれからあるの。お前らには関係ないよ。いいからさっさと練習始めたら?ほれ部長」

風守は二人の質問には取り合わず、練習を促した。

「は、はい!じゃあ皆さん、今日の練習を始めましょう!」

「にゃはは!やるぞー!」

「行きましょう。けやきさん」

「うん!」

「こむぎ、ナツ、今日からさらにキツイ練習を始めるからな。覚悟しておけよ」

「了解なのです!」

「うん!平和島こむぎ行きまーす!」

MOTOR QUEEN Season2 Fin

落日の疾走

STORY

小説家

栗早家鷹

代表作

???

ILLUSTRATION

イラストレーター

riritto

riritto

代表作

カドカワBOOKS「勇者? 賢者? いえ、はじまりの街の《見習い》です。 なぜか仲間はチート級 」イラスト
MFブックス「引きこもり賢者、一念発起のスローライフ」イラスト
オーバーラップノベルス「経験値貯蓄でのんびり傷心旅行 ~勇者と恋人に追放された戦士の無自覚ざまぁ~」 イラスト